日本におけるヴィラ=ロボス研究の先駆者、村方千之氏の文章を公開

2021.3.13 水谷川優子チェロリサイタル~黒い白鳥の歌~

プログラムノート

H.ヴィラ=ロボス:黒い白鳥

ブラジルの作曲家エイトール・ヴィラ=ロボス(1887-1959)が1917年に作曲したこの曲は、1916年に作曲された交響詩《クレオニコス号の遭難》の素材を用い、ヴァイオリンとピアノのために編み直したもので、ヴァイオリンの代わりにチェロでも演奏されます。サン=サーンスの名曲、《白鳥》を意識してつくられ、ピアノが奏でるアルペジオの上に、独奏チェロが死に瀕した黒鳥の姿を、神秘的かつ感傷的な旋律によって奏でています。短くも、美しい珠玉の作品です。

H.ヴィラ=ロボスさすらい

チェロとピアノのための作品はそのほとんどが26歳から30歳までの間の若い頃に作曲されていますが、約30年間のブランクを経て、1946年、59歳の時に《さすらい》は書かれています。ほとんどの楽器を演奏することができたといわれるヴィラ=ロボスは、楽器の特性を生かしたユニークな作品を書くことを得意としていました。彼は《さすらい》の中でチェロを打楽器に見立てて、チェロの響板を叩くという奏法を用いて独特の雰囲気を作り出しています。“通好み”の晩年の傑作と言えるでしょう。

H.ヴィラ=ロボス: モジーニャ
~歌曲集「セレスタス」より

歌曲集《セレスタス(全14曲)》はヴィラ=ロボスが若い頃に旅して集めたブラジルの詩をもとに書かれたといわれる“ブラジル風セレナータ名曲集”です。宗教曲も含めると200曲以上あるといわれる彼の歌曲のうち、この曲集は人気曲のーつとしてあげられます。《セレスタス》のほとんどは1925~26年にパリで作曲され、ブラジルへの郷愁が感じられます。オリジナルは歌とオーケストラ、歌とピアノのために書かれたものですが、この第5番の《モジーニャ》のみ、歌とギター版としてヴィラ=ロボスが1956年にアレンジしています。ボップスの歌手に歌われることやほかの楽器で演奏されることもありますが、本日は特別にチェロとビアノで演奏されます。

タイトルのモジーニャは18世紀頃にポルトガルに発祥したとされ、ブラジル各地に伝承されてきた抒情的な歌謡曲を意味し、《ブラジル風バッハ第1番》の第2楽章、《第3番》の第3楽章、《第8番》の第2楽章の副題にも使われています。おそらくヴィラ=ロボスのお気に入りの言葉だったに違いありません。

H.ヴィラ=ロボス:チェロ・ソナタ第2番より
2楽 

H.ヴィラ=ロボス:チェロ・ソナタ第2番より
3楽章 

1915年に書かれた《第1番》は紛失したため、実在する唯ーのチェロ・ソナタですが、“ソナタ”というよりも4つの楽章をもつ“組曲”に近い内容を持ちます。1916年の作。ヴィラ=ロボスは自分のお気に入りのテーマをアレンジして繰り返し引用することが多く、この作品の第1楽章の冒頭のテーマは、その22年後に誕生した《ブラジル風バッハ第1番》の第1楽章のオープニングテーマとして引用されています。ヴィラ=ロボスの最初の妻であるルシーリアはピアニストだったため、チェロとピアノのための作品を初演する際にヴィラ=ロボスとよく共演しています。《チェロ・ソナタ第2番》の初演のチェリストはヴィラ=ロボスではありませんでしたが、やはりピアニストはルシーリア。非常に高い演奏技術を持ったピアニストだったことが推測されます。本日は第2、第3楽章をお聴きいただきます。

H.ヴィラ=ロボス:
バッキアーナス・ブラジレイラス
(ブラジル風バッハ)
2
番より

このシリーズは1930年から45年までの15年間(43~58歳)に全部で9曲作られました。1923年にパリに移り住み、ヨーロッパ滞在中は《ショーロス》のような民族色豊かな作品を多く書いた彼ですが、1930年に帰国してからは全世界に向けて自分にしか書けない音楽を表現しようと試みます。偉大なバッハの普遍的な音楽性への憧れも込められています。《第9番》以外の各曲の楽章全てに“バッハ風”と“ブラジル風”の2つの副題がつけられていることや音楽的内容を考えると、“バッハ風そしてブラジル風の音楽”といったところでしょうか。チェロ・オーケストラというスタイル(8人または16人)で作曲された《第1番》、ソプラノ独唱を加えた形の《第5番》が有名ですが、それらと肩を並べるぐらい人気の高い作品がこちらの《第2番》。1930年作。“バッハ風”の要素よりも“ブラジル風”の要素が強い作品です。第3楽章がピアノ用に編曲されていますが、それ以外の3つの楽章はピアノとチェロ用に編曲されており、本日は第2、4楽章の2曲が演奏されます。

2楽章 アリア:
我らが大地の歌

ニ短調の暗い和音から始まるこの歌は、文法に忠実に訳すと“わがふるさとの歌”ですが、音楽に耳を傾けると“ブラジルの大地から聴こえてくる歌と踊り”という印象を受けます。雰囲気ががらりと変わる中間部について、「ブラジルに伝わる密教の踊り“カンドンブレ”、“マクンバ”の情景を表している」と濱田滋郎氏がご自身の解説に書かれています。

4楽章  トッカータ:
カイピーラ(田舎)の小さな汽車

カイピーラは“都会で暮らす土地を持たない農民(小作人)”という説、“田舎者”という説、“田舎の文化”という説など、いろいろな解釈があります。田舎を走る小さな汽車が出発して終着駅に停車するまでが見事に音で描写され、最もヴィラ=ロボスらしい作品のーつです。子供の頃、父親に生活音の音程を当てる訓練をさせられたという逸話が残っていますが、その時の技がここに生かされているのかもしれません。オリジナルはオーケストラ版で、聴き比べも楽しめます。

市村由布子
Yuko Ichimura

※ヴィラ=ロボスの作品のみ、解説を担当

◆黒鳥ジャーナル:黒鳥こぼれ話
ヴィラ=ロボス研究家Iのつぶやきその5

◆黒鳥ジャーナル:大阪公演レポート
ヴィラ=ロボス研究家Iのつぶやきその6

◆コンサート情報
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