村方千之氏からの手紙㉞(1989.9.1)
村方千之氏が日本ヴィラ=ロボス協会の会報『ショーロス第1~12号』に執筆した文章を抜粋し、「村方千之氏からの手紙」というシリーズでご紹介しております。
村方 千之「没後30年を迎えて」
『ショーロス』 第4号
(日本ヴィラ=ロボス協会会報)
平成元年(1989)9月1日、1~2頁
発行 村方 千之 / 日本ヴィラ=ロボス協会
編集 與五澤實 佐藤雅彦 亀田憲幸
没後30年を迎えて
村方 千之
もともと持病に悩まされていたヴィラ=ロボスは61歳の時についにパリで倒れてニューヨークで入院、その後の晩年の10年間は体力の減退などから、かつての精力的な活動振りも徐々に下降していったと言われている。しかし病気回復後には再び健康を気遣いながらも国の内外で休むまもなく演奏活動、作曲活動は続けられ、この間に小品から大曲に至る約50曲が書かれている。
ここにその主な物を挙げてみると、7曲の≪弦楽四重奏曲≫、5曲の≪交響曲≫と≪小交響曲第2番≫、有名な≪ギター協奏曲≫、≪ハープ協奏曲≫、≪ピアノ協奏曲第4番≫、≪ピアノ協奏曲第5番≫、≪チェロ協奏曲第2番≫、≪ハーモニカ協奏曲≫、サクソフォーンと弦楽オーケストラのための≪ファンタジア≫などの7曲の協奏曲。独唱、合唱つきの大管弦楽曲では≪エロシオン(浸蝕)≫、バレエ曲≪ルダー≫、≪皇帝ジョーンズ≫、≪密林の夜明け≫、≪民族のオデッセウス≫、≪頌歌≫、最後の作品となった映画「緑の館」の音楽≪アマゾンの森≫などの9曲。 合唱曲の≪ベンジッタ・コンセルタンテ≫をはじめ数曲の室内楽曲、そしてピアノ曲の≪ショパン賛歌≫………などがあるが、この中には彼の全作品の中でも演奏されることの多いよく知られた名曲や、重要な作品が数多く含まれており、改めて作曲家としてのスケールの大きさに驚きを感じさせられる。
ヴィラ=ロボスの最愛の妻であったアルミンダ女史はその手記の中にこう書いている。『(彼は)多くの病気に冒され、中でも最も過酷な持病と闘いながらその息が絶えるまで働き続けました。人間としてぎりぎりの条件の中にあっても、命を惜しみませんでした。極度の苦痛と煩悶に満ちた瞬間にさえも素晴らしい才能の閃きによって創作を続け、独りで栄光に輝く記念碑を打ち立てたのです。
彼は絶対に栄誉を望むためでは無く、世界各国での演奏旅行で自分の作品を聴き、熱狂的な喝采を受け、そこから溢れ出る人々の深い愛情と直に接する時が、彼の晩年の最も純粋な喜びの時でした。称賛と栄誉を素朴な心で受けとめ、真心のこもった心からの親友に囲まれている幸福をいつも感謝していました。』……。
1957年の70歳の誕生日にはニューヨークに招かれ、カーネギーホールでの盛大な祝賀演奏会では自作を指揮、58年には映画「緑の館」の音楽を書き、交響組曲≪ブラジル発見≫がディスク大賞を得たことから、パリに招かれたりしている。最期の年となった59年には1月にカザルス国際チェロコンクールの審査員としてメキシコに行き、この時にカザルスの弟子としてこのコンクールに参加していた日本人チェリスト平井丈一郎氏と会い、「君のために曲を書いてあげよう」と約束が交わされたと言う。ヴィラ=ロボスはこの後、再びパリ、ロンドン、イタリア、スペインなどを巡って、7月にリオ・デ・ジャネイロに戻ってからはついに健康が悪化し病気から回復することなく11月17日リオのコパカバーナの自宅でその偉大な生涯を閉じたのである。残念ながら平井氏との約束は果たされなかった。
ヴィラ=ロボスの死後、アルミンダ夫人が館長を務めた記念館ではヴィラ=ロボスの残した作品や遺品などが大切に保管され、その偉業の啓蒙に大きな努力が払われてきた。
1961年から続けられてきた毎年11月のヴィラ=ロボス週間では、17日の命日に行われるカンデラリア教会のミサに始まり、続けて毎夜ヴィラ=ロボスの作品を演奏する記念コンサートと、一方でヴィラ=ロボスの作品を課題曲とする国際コンクールが催され、最後に入賞者の記念演奏会と、閉幕のパーティでこの週間は閉じられる。また、世界の各地から招かれるコンクールの審査員の顔ぶれにはヴィラ=ロボスの生前の幅広い交際振りがしのばれる豪華なものであった。このヴィラ=ロボス週間は1985年アルミンダ女史が73歳で亡くなるまで続けられた。
思えば、30年前と言えば日本ではちょうど皇太子のご成婚で国中が沸いた年で、また世界的にはキューバ革命が起きて、ますます米ソの対立が激しくなっていた時期でもあった。
そしてN響が南米演奏旅行をした65年に山畑馨氏は日本人として初めてヴィラ=ロボス記念館を訪れ、アルミンダ女史と会われている。次いで70年の万博の年に山畑氏は彼女を日本に招き、おそらく日本では最初の記念すべきヴィラ=ロボスコンサートが行われた。
1975年には私が日本人として初めてヴィラ=ロボス国際コンクールに参加、79年には没後20年記念のコンサート、次いで80年、82年とヴィラ=ロボスの作品を聴くコンサートが行われ、86年に協会が設立され、100年祭と発展してきたのである。
ヴィラ=ロボスの作品はもっともっと日本で演奏される機会がもたれてよいはずである。この10月の没後30年記念コンサートがまた一つのステップとなることを願っている。
(むらかた ちゆき/
日本ヴィラ=ロボス協会会長・指揮者)
編集:市村由布子
Editora: YUKO ICHIMURA