日本におけるヴィラ=ロボス研究の先駆者、村方千之氏の文章を公開

2009.12.1 クリスティーナ・オルティーズ ピアノリサイタル

ヴィラ=ロボス記念
クリスティーナ・オルティーズ
ピアノリサイタル
2009年12月1日
日本大学カザルスホール
主催:駐日ブラジル大使館


エイトール・ヴィラ=ロボス
プログラム・ノート

《ショーロス第5番“ブラジルの魂”》(1925)
Choros No.5 “Alma Brasileira”

“ショーロ”はリオの大衆音楽のーつで、管楽器・弦楽器・打楽器をそれぞれが持ち寄って即興演奏を楽しむ音楽スタイルを意味します。10代の頃からすでにギターの名手だったヴィラ=ロボスは“ショーロ”のグループに参加していました。この時の経験をもとに書かれたこのシリーズ(Choros) は 16曲あり、そのほとんどがパリ滞在時(1920-1928年)に作曲されました。この《第5番》には遠く離れた母国への郷愁(サウダーヂsaudade) が感じられます。“ブラジルの魂= Alma Brasileira”という副題が示す通り、テーマはヨーロッパ風、根底に流れるリズムにはアフリカ風、そして中間部にインディオ風で、3つの民族の魂が込められています。

子供の頃から父親にチェロやクラリネットを習い、ほとんどの楽器を演奏することができたと言われるヴィラ=ロボス…。名手と言えるほどではなかったようですが、ビアノも得意としていました。最初の妻、ルシーリアLucíliaがピアニストであったこともあり、ピアノ作品は特に数が多く、また質も高いと評価されています。大小・多種多様な編成で書かれたこのシリーズの中で、《第5番》は唯一のビアノ独奏曲で、ギター独奏のための《第1番》と人気を争う魅力的な作品です。

赤ちゃんの家族 第1集》(1918)
A Prole do Bebê No.1

自分の子供には恵まれませんでしたが、大の子供好きだったヴイラ=ロボスは、子供たちが楽しく弾くためのピアノ作品はもちろんのこと、「子供の世界」を描いた技術的に難易度の高いピアノ作品もたくさん残しました。その中で最も有名なものがこの曲集《赤ちゃんの家族》で、第3集まであります。

この《第1集》が作曲された年に、ヴィラ=ロボスは世界的ピアニスト、A.ルービンシュタインArthur Rubinsteinにリオで運命的に出会いました。ルービンシュタインはこの作品を気に入って初演を引き受け、その後も欧米各地で演奏し、また録音もしました。ヴイラ=ロボスの才能が世界的に広まるきっかけとなり、この作品は彼の出世作となりました。また、ルービンシュタインはヴィラ=ロボスを影ながら援助し続け、同い年だった2人の友情は生涯続きました。

いろいろな素材からできた人形の名前をタイトルにした《第1集》は全8曲からなり、肌の色で分類されるブラジルの人種が描かれています。また、ヴィラ=ロボスらしいユニークな方法でアレンジされたブラジルの有名な童謡が曲のあちらこちらで聴かれます。国際的に活躍を始める前の、31歳の時の作品ですが、彼のピアノ曲を知る上で欠かせない作品だといえるでしょう。

Ⅰ. ブランキーニャ/陶器の人形
Branquinha (A Boneca de Louça)

陶器でできた白人“ブランカ”の女の子の人形の世界。“ブランキーニャ”は“ブランカの語尾に<-inha>をつけたもので、日本語でいう「~ちゃん」という言い方。

Ⅱ. モレニーニャ/紙の張りぼて人形
Moreninha (A Boneca de Massa)

小麦色“モレーナ”をした紙の張子の人形の世界。ブラジルでは“モレーナ”は美人の代名飼。

Ⅲ. カボクリーニャ/粘土の人形
Caboclinha (A Boneca de Barro)

“カボクロ”の娘の粘土の人形の世界。“カボクロ”とはブラジルの奥地に住むインディオと白人の混血のこと。ヴィラ=ロボス自身も白人の血をひく父親と、インディオの血をひく母親をもつ“カボクロ”。

Ⅳ. ムラティーニャ/ゴムの人形
Mulatinha (A Boneca de Borracha)

黒人と白人の混血“ムラータ”の女の子のゴム人形の世界。ブラジルの童謡「Cai,cai,balão /落ちるよ、落ちるよ、風船が」の旋律が途中で聴こえてくる。

Ⅴ. ネグリーニャ/木の人形
Negrinha (A Boneca de Pau)

黒人“ネグラ”の女の子の人形の世界。曲の後半で、ブラジルの童謡「Uma, Duas, Angolinhas /ー羽、二羽、ほろほろ鳥」の旋律が歌われる。

VI. ア ポプレジーニャ/ぼろきれの人形
A Pobrezinha (A Boneca de Trapo)

おもちゃ箱の隅で子どもたちに忘れられたぼろきれの人形の世界。

Ⅶ. ブルーシャ/布の人形
O Bruxa ( Boneca de Pano)

布でできた魔女の人形。ほうきに乗った魔法使いのおばあさんの人形の世界。

Ⅷ. オ ポリシネーロ/道化人形
O Polichinelo

あやつり人形のピエロが、輪になって遊ぶ時の童謡Ciranda,Cirandinhaを歌う。ルービンシユタインのお気に入りで、彼のアンコール曲の定番。

苦悩のワルツ》(1932) VaIsa da dor

作曲家として円熱期を迎えた45才のヴィラ=ロボスの作品にしては、内容も分かりやすく、ロマンチックで感傷的で、もっと若い頃に作られた作品であるかのように思えてくる。作曲家本人がこの作品を気に入っていなかったという話が残っているが、その理由を見つけるのは困難で、多くの人にとって魅力的な作品であることにまちがいはない。

奥地の祭り》(1936)
Festa no Sertão

ブラジルの奥地…広大な原野や森が連なる地域を<セルタンSertão>と呼んでいる。若い頃ブラジルの奥地への調査団に同行し、インディオの音楽に触れたことがこの曲の源になっている。4曲からなるシリーズ《Ciclo Brasileiro“ブラジル風連作”》の第3曲目。<ブラジル風>という名の通り、 民族的な要素を前面に出しているこの連作は、ピアノ作品としても完成度が高く、ヴィラ=ロボスらしさを象徴している作品である。

市村 由布子
Yuko Ichimura
※ヴィラ=ロボスの作品の解説のみ担当

🎧 クリスティーナ・オルティーズのCDの紹介

Villa-Lobos : Piano Music (1987)

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