日本におけるヴィラ=ロボス研究の先駆者、村方千之氏の文章を公開

村方千之氏からの手紙㉝『ショーロス第2号』(1988.5.31)

村方千之氏からの手紙㉝(1988.5.31)

村方千之氏が日本ヴィラ=ロボス協会の会報『ショーロス第1~12号』に執筆した文章を抜粋し、「村方千之氏からの手紙」というシリーズでご紹介しております。

村方千之
「ヴィラ=ロボスの生誕100年の記念に思う」

『ショーロス』第2号
(日本ヴィラ=ロボス協会会報)
昭和63年(1988)5月1日、1~2頁

発行 村方千之 / 日本ヴィラ=ロボス協会
編集 濱田滋郎 小川一彦 與五澤實


ヴィラ=ロボスの生誕100年の記念に思う

村方 千之

昨年のヴィラ=ロボス生誕100年記念の一年は協会にとっては本当に忙しい一年でした。東京での五回、関西での二回のコンサートが実現され、それぞれに大きな成果を得ることが出来たことは、ヴィラ=ロボスを深く敬愛するものの一人として本当に大きな喜びでした。ヴィラ=ロボスの作品が日本に於いてこれ程広く親しまれる機会をもったことはかつてなかったことで、当のヴィラ=ロボス、そしてアルミンダ夫人ともどもきっと天国で仲良くこの様子を見守り、大いに拍手喝采して下さったに違いありません。

今回の7回の記念コンサートでは、あらゆる分野に亙っているヴィラ=ロボスの作品からできるだけ幅広く紹介することを目的として初演、再演を併せて計60曲の作品が選ばれ演奏されました。1000曲あまりもあるヴィラ=ロボスの作品からすればまだごく一部に過ぎませんが、この一連のコンサートに来られた皆さんの多くは、きっとそれぞれに深い関心とヴィラ=ロボスに対する新鮮な共感とを心に留めてくださったものと確信します。

ただ、ヴィラ=ロボスは日本ではギター界を別としましても残念ながらその偉大な業績に相応しく評価されているとは言えません。多くの優れた作品が殆ど知られないでいることは本当に勿体無い話なのです。

例えばピアノ人口は世界一と言われている日本で、毎年山ほど繰り返されているピアノのリサイタルに、ごく限られた一人か二人を除いては誰一人としてヴィラ=ロボスのピアノ作品を取り上げる人がいない(いなかった)と言うのは考えられない奇妙なことなのです。ヴィラ=ロボスの全作品の中でも、特にピアノ作品の中には彼の最も深い精神性と充実した内容をもった作品が多く、ルビンシュタインをはじめ多くの世界的ピアニストがしばしば愛奏してきたのを見ても、これは残念なことです。この機会にピアノを弾く人達の目がヴィラ=ロボスの方へ向けられることを願いたいものです。また、オーケストラ、室内楽、歌曲、合唱の分野でも同様なことが言えるのです。とくにヴィラ=ロボスの最もヴィラ=ロボスらしい世界であるオーケストラ作品の分野には、野趣とロマンに溢れるブラジルの大地から生まれた優れたオーケストラ作品が数々ありますが、残念ながら日本のオーケストラが自らヴィラ=ロボスの曲を取り上げた例は、いまだに一度もないのです。

この様な点から見ても生誕100年を記念して行った協会のコンサートは、大きな啓蒙の役割を果たすことができたと確信します。

また、昨年一年間に≪ブラジル風バッハ第1番≫≪第5番≫は各方面で演奏されヴィラ=ロボスの名を広めました。私も東京と関西、そしてテレビや駅コンサートなどで合わせて5回もこの曲を指揮しました。また、ブラジルのピアニスト、ミゲル・プロエンサ氏は東京、関西をはじめ日本の各地を回ってヴィラ=ロボスのピアノ曲をあの美しい音色で披露し、多くのファンを魅了いたしました。木管楽器の二重奏である≪ブラジル風バッハ第6番≫≪ショーロス第2番≫などは管楽器を吹く人たちによって方々で取り上げられすっかり手頃なレパートリーになった様です。さらにこれに加えてギターの名曲の数々が方々で奏でられたことは申すまでもありません。

またこの生誕100年を記念してピアニストの宮崎幸夫氏の努力が実り、念願だったピアノ曲集3巻が氏の監修でカワイ楽譜から出版されました。素朴さ純粋さが自然な美しい響きの中に、見事に表現されているこれらの子供のためのヴィラ=ロボスの曲が、日本の多くの子供たちに身近に弾かれる様になることは、ヴィラ=ロボスへの共感が今後に向けて大きく広がることにもなり、将来に向けて頼もしい礎となるに違いありません。

ところで昨年11月17日から24日まで行われたリオ・デ・ジャネイロでのヴィラ=ロボス・フェスティバルに日本から私を含め4人のものが招かれて、ヴィラ=ロボスの生誕100年の祝祭に参加し、ブラジルの音楽家との交流がはかられた事は大変有意義なことだったと思われます。この盛大なお祭りは、ヴィラ=ロボスの命日である17日のカンデラリア教会のミサにはじまり、24日まで続きましたが、毎夜のコンサートではヴィラ=ロボスの作品が演奏され、満員の聴衆を楽しませてくれました。コンサートは中くらいのホールであるサラ・セシリアメイレレスで独奏と室内楽、市立歌劇場ではオーケストラやバレエそして日本のメンバーによるコンサートが行われましたが、それぞれに充実した想像以上に手応えのある演奏が聴けたことは大きな収穫でした。特に彼らの演奏するヴィラ=ロボスは身についた自然さがあって、まさにブラジル的野趣とロマンに溢れていたのが何よりも印象深いものでした。

日本からの4人の演奏もそれぞれに大変好評で、お陰様で大役を果たし終えたことを嬉しく思っております。東洋人である日本人がどうしてあのようにヴィラ=ロボスを理解し演奏できるのか、と言う幾人かのブラジル人からの質問は素朴ながら興味あるものでしたが、一方、日本人がヴィラ=ロボスを体の中から感じ現わすことは、本当は大変難しいことなのだと言うことも、今回は強く感じさせられたのでした。なお私はこの他に首都ブラジリアの国立劇場交響楽団とサンパウロの州立交響楽団のコンサートを指揮してお陰様で好評を得、さらに文化大臣セルソ・フルタード氏ともお会いして文化交流に関しての有益な交歓をして参りました。

さて、ユネスコの呼掛けで世界各地で進められたヴィラ=ロボス・フェスティバルは各地各様に様々な意義ある催しが展開され終わったことでしょう。日本で蒔かれた100年記念のヴィラ=ロボスの種も時を追って成長し、輪を広げていくことを期待します。

むらかた ちゆき/
日本ヴィラ=ロボス協会会長・指揮者)


編集:市村由布子
Editora: YUKO ICHIMURA