日本におけるヴィラ=ロボス研究の先駆者、村方千之氏の文章を公開

2017.5.11 聴けば聴くほど愛おしいブラジルのクラシック音楽

PROGRAM NOTES 解説

ブラジル・クラシック音楽の世界へようこそ

ブラジルのクラシック音楽は、アフリカから奴隷として連れてこられた人たちの音楽、ヨーロッパからの移民の音楽、先住民インディオの音楽の影響を強く受け、世界中に広くルーツを持つ音楽です。遠い故郷を想うような郷愁、どんな境遇でもたくましく生きようとする生命力がそこには感じられます。

H.ヴィラ=ロボス(1887~1959)は、南米のみならず、20世紀を代表する作曲家の一人です。有名な《ショーロス》、《ブラジル風バッハ》の他に、室内楽、歌曲、交響曲、オペラなど、1,000曲以上の作品を残しました。彼はパリに約10年間滞在して多くの芸術家と交流し、またブラジルでの音楽教育にも貢献し、晩年には指揮者として国内外を飛び回るようなバイタリティの持ち主でした。彼の音楽はブラジルの大地から生まれたもので、ダイナミックかつ独創的で、まぎれもなく彼は「ブラジル音楽界の巨匠」です。今年、生誕130周年を迎えました。

ヴィラ=ロボスより少し前に活躍したエルネスト・ナザレ(1863~1934)は、「ブラジルの魂を音楽で表した存在」とされています。ポピュラーとクラシックの要素を生かした素朴でしゃれた旋律は親しみやすく、ピアニストとしての71年の生涯に220曲余りものピアノ曲を残しました。

ヴィラ=ロボスより一世代後に活躍したフランシスコ・ミニョーネ(1897~1986)は、イタリア留学やドイツ滞在の経験もあり、ブラジル調でありながらヨーロッパ風の気品を感じさせる洒落た雰囲気が人気です。89歳まで現役で作曲を続け、あらゆるジャンルに1,000曲もの作品を残しました。みなさま、ブラジル・クラシック音楽の世界へようこそ!

市村由布子
Yuko Ichimura


オデオン

当時の知識人や上流階級の人々が出入りする“シネマ・オデオン”のロビーでピアノを弾き始めた頃のナザレの最高傑作。“タンゴ・ブラジレイロ”とは、ハバネラ系のリズムを基調とした“マシーシ”(リオの下層階級のダンス)を、彼が優雅な音楽に変身させて名づけたものです。

フォン・フォン

自動車のクラクションの音(“フォン・フォン”という音)も、彼の手にかかると魔法をかけられたように音楽の中に溶けこみ、魅力的なエッセンスに変わります。当時のリオ・デ・ジャネイロの週刊誌 “Fon-Fon”にちなんで作曲されたと言われています。

ブラジル風ワルツ 第24番

ミニョーネは生涯に《街角のワルツ》や《ショーロ風ワルツ》といったワルツを数多く作曲しています。最晩年に書かれたこの《ブラジル風ワルツ》はその集大成といえる内容で、《24番》はその最後を飾る87歳の時の作品です。

コンガーダ

彼のオペラ《ダイヤモンド商人》の踊りの有名な一場面で、R.シュトラウス指揮のウィーン・フィルによって《コンガーダ》と名づけられました。アフリカ・コンゴから連れてこられた黒人奴隷の踊りを表わしています。

ショーロス第5番 “ブラジルの魂”

ヴィラ=ロボスが10代の頃に<ショーロ*>のグループにギターで参加した時の経験をもとに書かれたのが《ショーロス》(全16曲)。そのほとんどが30代のパリ滞在時に作曲されているためか、遠く離れた母国への郷愁(サウダーヂ)が強く感じられます。“ブラジルの魂”という副題が示す通り、テーマはヨーロッパ風、根底に流れるリズムはアフリカ風、そして中間部はインディオ風…と、3つの民族の魂が込められています。
*ショーロ: 様々な楽器を持ち寄って即興演奏を楽しむブラジルの大衆音楽の一つ。

悲しみのワルツ

作曲家として円熟期を迎えた45才のヴィラ=ロボスの作品にしては、内容も分かりやすく、感傷的で、もっと若い頃に作られた作品であるかのように感じられます。この年に彼がアルミンダと再婚していることも影響しているのかもしれません。

ブラジル風連作(シクロ・ブラジレイロ)

<ブラジル風>という名の通り、民族的な要素を前面に出しているこの連作(全4曲)は仕事面で最も充実した時期に書かれ、完成度が高い作品です。その中から2曲。

第2曲 セレナード歌いの印象

“セレステイラス” Seresteirasとは夜のリオの町の“セレスタ(セレナーデ)奏者”のこと。彼がまだ若い頃にギターを片手に彼らに加わった想い出が込められていると言われる、感傷的なブラジル風ワルツです。

第3曲 奥地の祭り

<セルタンSertão>とはブラジルの奥地(広大な原野や森が連なる地域)のこと。20歳前後にブラジルの奥地への調査団に同行し、インディオの音楽に触れたことがこの曲の源になっていると言われています。

ブラジル風バッハ第5番より カンティレーナ

≪ブラジル風バッハ(全9曲)≫の各曲には、2つの題名<バロック時代の形式名>と<ブラジルらしいタイトル>が付けられ、<バッハ風>と<ブラジル風>の二つの要素が巧みに織り交ぜられています。
≪第5番≫のオリジナルはソプラノ独唱とチェロ合奏という珍しい形をとっています。第1楽章が“バッハ風”のアリアで、第2楽章が“ブラジル風”のカンソン(歌)。本日は、第1楽章の有名なアリアのみ、チェロとピアノの伴奏で歌われます。

黒鳥の歌

彼の交響詩《クレオニコス号の難破》(1916)からの抜粋。タイトルからも想像できる通り、サン=サーンスの《白鳥》を思い出させる、ヴィラ=ロボス風《黒鳥》。ピアノはきらきらと光り輝く水面を、チェロは瀕死の黒鳥を描写していると言われています。

チェロとピアノのための前奏曲 第2番

12歳の時に亡くなったヴィラ=ロボスの父は、ヴィオラを改造したチェロで彼にクラシック音楽の手ほどきをしました。1913年に結婚した前妻のルシリアがピアニストだったことも影響し、この時期にはチェロとピアノのためのロマンティックな作品がこの作品以外にもたくさん書かれています。

「アマゾンの森」より2曲
愛の歌
センチメンタルなメロディ

ヴィラ=ロボスが関わった映画音楽の一つがハリウッド映画、オードリー・ヘップバーン主演の《緑の館(1958)》。「アマゾンの密林に主人公アベルが金鉱を探しに忍び込み、禁断の森に住むヘップバーン扮するリーマ(小鳥の鳴き声を出せる森の妖精)に出会い恋をするが、インディオに見つかったリーマは殺される…」という悲劇的ラブストーリー。ヴィラ=ロボスが書いた曲はハリウッドの音楽監督との合作にされてしまったため、合唱とソプラノソロを伴った組曲《アマゾンの森》に彼が作り直しました。その中から2曲。

ブラジル風バッハ第2番より
カイピーラの小さな汽車

サンパウロから田舎の果樹園に労働者(小作農)を運ぶ小さな汽車が出発し、小作農が楽しく歌いながら、田舎道をのどかに走り抜け、終着駅に停車するまでが、見事に音で描写されています。ヴィラ=ロボスが子供の頃、父親に生活音の音程を当てる訓練をさせられたという逸話が残っていますが、その時の技がここに生かされているのかもしれません。オリジナルはオーケストラ版で、聴き比べも楽しいものです。

市村由布子
Yuko Ichimura


LYRICS 歌詞

カンティレーナ
~ブラジル風バッハ第5番より~
(1938)

“Aria: Cantilena”
Bachianas Brasileiras No.5
(Texte de Ruth V. Corrêa)
詩:ルート・コレーア

Tarde, uma nuvem rósea lenta e transparente,
Sobre o espaço sonhadora e bela!
Surge no infinito a lua docemente,
Enfeitando a tarde, qual meiga donzela
Que se apresta e alinda sonhadoramente,
Em anseios d’alma para ficar bela,
Grita ao céo e a terra, toda a Natureza!
Cala a passarada aos seus tristes queixumes,
E reflete o mar toda a sua riquesa
Suave a luz da lua desperta agora,
A cruel saudade que ri e chora!
Tarde, uma nuvem rósea lenta e transparente,
Sobre o espaço sonhadora e bela!

夕ぐれ、美しく夢みる空間に
透きとおったバラ色の雲がゆったりと浮く!
無限の中に月がやさしく夕ぐれを飾る
夢みがちに綺麗な化粧をする
情けのふかい乙女のように。
美しくなりたいと心から希いながら
空と大地へありとあらゆる自然が叫ぶ!
その哀しい愁訴に鳥たちの群れも黙り
海はその富のすべてを映す
優しい月の光はいま目覚めさす
笑いそして泣く、胸かきむしる郷愁を
夕ぐれ、美しく夢みる空間に
透きとおったバラ色の雲がゆったりと浮く!

(濱田滋郎訳)


愛の歌
「アマゾンの森」より~(1958)

Canção do Amor
(Texte de Dora Vasconcellos)
詩:ドラ・ヴァスコンセロス

Sonhar na tarde azul
do teu amor ausente
Suportar a dor cruel
com esta magua crescent.
O tempo em mim
agrava o meu tormento, amor!

遠いものになってしまったあなたの愛を
青い夕暮れに夢みている
つのってくるこの悲しみを抱き
むごい痛みに堪えている
恋人よ、時はわたしの内に
苦しみを重くする

Tão longe assim de ti.
Vencida pela dor
na triste solidão
procuro ainda te encontrar
amor meu amor!
Tão bem é saber calar
e deixarse vencer
pela realidade.
Vivo triste a soluçar
quando, quando virás enfim.
Sinto ardor dos beijos teus
em mim. Ah!
Qualquer pequeno sinal
e fremente surpresa
vem me amargurar.

あなたからこんなにも遠く離れて…
痛みに打ち負かされ
悲しい孤独の間にまに
恋人よ、わたしの恋人よ
まだあなたを探そうとつとめるのです
黙ることを知り
現実に身を任せられたら
それで もういい
すすり泣きながら悲しく暮らす
いつ、いつ、あなたはまた戻るのかしら
あなたがくれたくちづけの
熱さをここに感じます、ああ!
どんなに小さな気配でも
わたしをどきっと驚かせ
そのつど、わたしを憂鬱にするのです

Tão doce aquela hora
em que de amor sonhei.
Infeliz a sós agora
apaixonada fiquei.
Sentindo aqui fremente
o teu reclamo, amor.
Tão longe assim de ti
ausente ao teu calor
meu pobre coração
anceia sempre suplicar
amor, meu amor…..!

愛を夢みたあの時が
なんと甘く想われること
今はただ独り、不幸せに
熱い心でここに居る
恋人よ、あなたの呼び声を幻に
胸ふるわせて聴きながら
あなたからこんなにも遠く離れて
あなたのぬくもりを失って
この哀れなわたしの心は
いつもこう希うのです
恋人よ、わたしの恋人よ……!

(濱田滋郎訳)


センチメンタルなメロディ
「アマゾンの森」より~ (1958)
Melodia Sentimental
(Texte de Dora Vasconcellos)
詩:ドラ・ヴァスコンセロス

Acorda vem ver a lua
Que dorme na noite escura
Que fulge tão bela a branca
Derramando doçura
Clara chama silente
Ardendo o meu sonhar

目を覚まして月を見においで
暗い夜に眠っているあの月を
月はあまりにも美しく白く輝き
甘さを放ちながら
白さが静けさを呼び
夢みる私を燃え上がらせている

As asas da noite que surgem
E correm no espaço profundo…
O doce amada desperta!
Vem dar teu calor ao luar.

夜の翼が
深い空に現れて過ぎ去ってゆく…
愛しい人よ、目を覚まして!
月の光にあなたのぬくもりを捧げに来ておくれ

Quizera saber-te minha
na hora serena e calma
A sombra confia ao vento
O limite da espera
Quando dentro da noite
Reclamo o teu amor.

あなたが私のものなのか知りたい
静かで穏やかなこのときに
影が風に打ち明ける
どれくらい待てばいいのか
今夜いつなのか
あなたの愛を求めている

Acorda vem olhar a lua
Que brilha na noite escura
Querida és linda e meiga
Sentir meu amor e sonhar. Ah!

目を覚まして月を見においで
暗い夜に輝いている月を
愛しい人よ、なんて美しく優しいのか
わたしの愛を感じて、夢みておくれ、ああ!

(市村由布子  訳)