日本におけるヴィラ=ロボス研究の先駆者、村方千之氏の文章を公開

2022.9.21【レポート】磯崎早苗ファゴットリサイタルvol.3

🎼磯崎早苗 ファゴットリサイタルvol.3」を聴いて(2022.9.21)

市村由布子
YUKO ICHIMURA

演奏会情報

♪ 2022年9月21日に「磯崎早苗 ファゴットリサイタルvol.3」を聴きに行きました。誘ってくださった楽理科の後輩に感謝!

磯崎早苗さんとの出会い

磯崎さんが今から15年前に修士論文『エイトール・ヴィラ=ロボスの生涯と管楽器を含む作品について』を書かれたことからご紹介します。磯崎さんがヴィラ=ロボスにいつ出会い、どういうきっかけでその魅力にとりこになったのかが、修論の<総括>に書かれています。(ご本人の許可を得た上で、一部引用いたします。)

・大学1年の終わりにヴィラ=ロボスと初めて出会った
・《ブラジル風バッハ第1番》をファゴットアンサンブルの演奏会にて演奏した時(初めて出会ったこの魅力的な作曲家の描く音を、私は忘れることはなかった)
・次の演奏機会は3年後:《ブラジル風バッハ第6番》(演奏2回目にして、この作曲家の魅力のとりこになっていた)
・修論執筆中:ヴィラ=ロボスの人柄と個性、また教育的な面からも彼の素顔を垣間見ることが出来たし、管楽器奏者としても研究の結果、その作品の意義を感じられた
・彼の命日の1959年11月17日の22年後に自分が生まれたことも少なからず、この作曲家を研究する動力源になった

そして、磯崎さんは修論の中でこのように書いてくださったのです。

「ヴィラ=ロボスはその偉業とは裏腹に、日本での認知度はまだまだ低い。演奏会でヴィラ=ロボスの作品が聞かれることも稀である。しかし今回、この論文を作成するにあたり、多大な協カを日本ヴィラ=ロボス協会の村方千之協会長はじめ、市村由布子氏に頂いて、その活動の記録からヴィラ=ロボスの人気ぶりを確認することが出来た。ヴィラ=ロボスの管楽器を使用した作品は、もっと日本で演奏されるべきであろう。その類稀なる個性と、知られていない美しい旋律、ヴィラ=ロボスの人柄を知れば、さらにファンが増えるであろう。」

“多大な協力をした”のは日本ヴィラ=ロボス協会創設者の村方千之氏(故人)であって、私ではありません。村方先生が「ヴィラ=ロボスで論文を書きたいという方(磯崎さん)が訪ねてきたから、あなたの卒論(コピー)を渡しておいたよ」という話を伺っておりました。後日、磯崎さんの卒論のコピーを村方千之先生からいただきました(“交換日記”ではなく、“交換論文”ですね)。磯崎さんの修論の<総括>を読んでヴィラ=ロボスへの熱い想いに共感し、参考文献の欄に私の卒論が掲載されていたことに感動し、村方千之先生をお誘いして、磯崎さんの学位審査演奏会聴きにいくために藝大に出かけました。演奏されたのは今回のリサイタルと同じ、ヴィラ=ロボスの《7つの音のシランダ》。学位審査演奏会を聴いた直後に村方千之先生と相談し、磯崎さんにお声をかけて、「ヴィラ=ロボス生誕120年記念演奏会」への出演のご依頼をしました。それが今から15年前のこと…。

「ヴィラ=ロボス生誕120年記念コンサート」(2007.7.22)

ヴィラ=ロボス生誕120年を記念し、日本ヴィラ=ロボス協会主催の演奏会を企画するにあたって、創設者である村方千之先生から選曲や出演者について相談を受けていました。前半は磯崎さんとご学友たち、後半は私の楽理科同級生の隣人だった光永浩一郎さんご夫妻に出演をお願いすることになりました。音楽事務所で働くことを夢見ていたことのある私は、マネジメントの“まねごと”をさせてもらい、思い出深いコンサートとなりました。磯崎さんのプロフィールに「2007年7月、日本ヴィラ=ロボス協会主催ヴィラ=ロボス生誕120周年記念コンサートにソリストとして出演」と書かれており、磯崎さんが演奏家としてデビューした記念すべきコンサートに携わることができたことを心から嬉しく思っております。
(2007年のコンサートのプログラムの写真を載せておきます)

 

「磯崎早苗 ファゴットリサイタルvol.3」(2022.9.21)

演奏会のあと磯崎さんから私宛にこのようなメッセージをいただきました。
「15年前は演奏するのに精一杯でしたが、今回は当時よりも少し踏み込んで作品に取り組めたと思います。」
15年前の3月に藝大のホールで、7月に池袋の明日館講堂で、磯崎さんの演奏を聴いた時の記憶を振り返ってみました。
「難曲であり名曲である《7つの音のシランダ》を正確に見事に演奏された。上品でおしゃれなヴィラ=ロボス。」という印象。欲を言えば、「ヴィラ=ロボスの荒々しさや型にはまらない大胆な要素を、ミスを恐れずもっとストレートに表現してほしかったなあ。」と、自分自身は演奏できないことを棚に上げて、そのような感想を持ちました。

今回の演奏はというと
10分という短い作品の中で、いくつものドラマが描かれ、まさに幻想的な世界が次々と繰り広げられていくような演奏でした。特に、コントラバスが<ミファミファ…>と繰り返す中、ファゴットが息の長い旋律を朗々と響かせる中間部は、磯崎さんのヴィラ=ロボスへの思いのすべてが強く込められているようなソロで、心をわしづかみにされました。そして、私の大好きなエンディング。この作品のタイトルでもある7つの音「ド~レ~ミ~ファ~ソ~ラ~シ~」と、ファゴットの音が階段を一段ずつゆっくりと昇っていく瞬間、客席の皆様も心を一つにして階段を昇っていくような錯覚に陥りました。そして、「シ~」まで階段を上がったところでファゴットの「シ~」の音だけが取り残され、「さてこの後どうするのか?」という流れの中、7度下の「ド」に全員で落ち着くこの瞬間を迎えたとき、「これはヴィラ=ロボスへのトンボ―(追悼曲)だ!」と思えました。生演奏を聴いて、この作品の魅力を改めて実感し、ますます好きになりました。

“15年という時の重み”、“音楽の成熟”…、うーむ、言葉にするのが難しい。
ヴィラ=ロボスの音楽が磯崎さんの中で熟成して、味わい深い演奏となっており、人間味あふれるヴィラ=ロボスの音楽を心ゆくまで楽しむことができました。この日の演奏を聴くことができてよかったと心からそう思いました。
磯崎さんと弦楽五重奏のメンバーの皆様、指揮者の佐藤宏充様、ありがとうございました。

「ヴィラ=ロボス生誕120年記念コンサート」(2007.7.22)のプログラムノート内に私はこのように解説を書いております⤵

■《7つの音のシランダ》[1933] <シランダ>とは、子供達が輪になって踊りながら歌うブラジルの“輪踊り歌”のことである。作品中に“輪踊り唄”は直接引用されていないが、躍動感のあるリズムにはブラジルらしさが感じられる。曲はタイトルが示す通り、「7つの音 ドレミフアソラシ」で始まり、一貫してこのテーマが流れ、最後も静かに「ドレミフアソラシ」で終わる。主役のファゴットには、協奏曲のように難しい演奏技術と、幻想曲のように豊かな表現力が求められ、何度聴いても飽きない魅カが溢れている。

磯崎さんへのメッセージ

「今後、オーケストラの演奏とマネジメントに力を入れていく予定ですので、ファゴット奏者として最後のリサイタルになると思います」とおっしゃっていました。「そんな~」の一言。私は長く待てるタイプなので、いつでもかまいません。15年後でもいいです。磯崎さんの《7つの音のシランダ》を聴ける日をお待ちしております。

ヴィラ=ロボスのことばかり書いてしまいました。今回のメンバーの中には、2007年の生誕120年記念コンサートで、ヴィラ=ロボスの《弦楽四重奏曲第5番》を演奏してくださったヴァイオリニスト“清岡優子さん”もいらっしゃいました。あの日の《弦楽四重奏曲》の演奏はレベルが高くて、息もぴったりで、感激してお声をかけにいったと記憶しています。長年演奏を共にしてこられたメンバー“フィルハーモニア・リリカ”と共に、これからも充実した演奏活動をしていかれますよう、お祈り申し上げます。
そして、いつかヴィラ=ロボスで卒論を書いてくれる方が現れたら、その方も含めて“卒論交換会(?)”をし、ヴィラ=ロボス・トークができるといいですね!

追伸)アンコール曲:プッチーニ《私のお父さん》は私の大好きな曲。ファゴットで歌うのも素敵だなと思いました。初めて聴いた、ジャン・フランセの《ファゴットと弦楽四重奏曲のためのディヴェルティスマン》も私好みでした。もしかしたら、音楽の趣味が似ているのかもしれません。

磯崎早苗さんのウェブサイトはこちらから

市村由布子
YUKO ICHIMURA