日本におけるヴィラ=ロボス研究の先駆者、村方千之氏の文章を公開

村方千之氏からの手紙㉕(1997.10.12)

村方千之氏からの手紙㉕(1997.10.12)

村方千之氏がプログラムノートに執筆した文章を抜粋し、「村方千之氏からの手紙」というシリーズでご紹介しております。

音楽とコーヒーブレイクを楽しむコンサート
<南米音楽祭‘97 Ⅱ>
1997[平成9]年10月12日
自由学園明日館講堂
主催:日本ヴィラ=ロボス協会


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【チラシから】

<日本ヴィラ=ロボス協会“秋の南米音楽祭”>

6月に続いての“秋の南米音楽祭”は、ヨーロッパで活躍されているコロンビア出身のソプラノ、ヴィルマ・ルエダ・レイエスさんが、自国コロンビアのアドルフ・メヒアの歌をはじめアルゼンチンのヒナステラ、ブラジルのヴィラ=ロボスの歌曲を歌います。また、1995年に来日したブラジルの現代作曲家E.クリーゲルのピアノ連弾曲、ヴィラ=ロボスのヴァイオリンソナタなど珍しい作品がプログラムを飾ります。休日の静かな午後のひとときを新たな音楽との出会いと、コーヒーブレイクを楽しみながらお過ごし下さい。


【プログラムノートから】

作曲者と曲目について

<第1部> 器楽二重奏

《ピアノ連弾のためのソナタ》
エディノ・クリーゲル

エディノ・クリーゲル(1928~)は現在ブラジル作曲界を代表し、その頂点にたって優れた指導的役割を果たしている。約100曲余りの代表作があるが、その評価はヨーロッパ、北アメリカなどでも高く、95年に当協会の招きで来日し、ブラジル音楽の歴史と発展に関する、分かりやすくユニークな講演を行った。この折に彼の2曲のピアノ曲と無伴奏のフルート曲、それに管楽室内楽、オーケストラ作品が紹介され、たいへん興味深いものがあった。

作風は調性のあるものから無調のもの、電子音楽的なものまで幅広いが、五百年のブラジルの歴史のなかで育まれたブラジル的な音楽文化の土壌に立った作品が多い。今日演奏される《ピアノ連弾のためのソナタ》は1953年、25才の時に友人アリモンダ夫妻のために作曲されたもので、リオのラジオ局で初演放送された。

一楽章のソナタで、全体にブラジル的リズムが土台に流れ、テーマは低音奏者と高音奏者が会話をするかの様な掛合いで進められて行くが、ときに一緒になって激しく絡み合いながら展開され、それはあたかも男女の会話の如く、最後にテーマが再現され盛り上がって終わる。彼の初期の作品で、わかりやすく楽しい内容の曲である。

《幻想ヴァイオリンソナタ第1番》
エイトール ヴィラ=ロボス

今年はヴィラ=ロボス生誕110年目にあたる。ブラジルを代表するこの世界的な大作曲家については、もはや多くを語らずとも、最近日本でもようやく多くのヴィラ=ロボス・ファンが誕生し、CD屋、楽譜屋にはヴィラ=ロボス・コーナーが置かれ、また彼の作品が演奏会のプログラムにのることが多くなり、十分は存在感を持つ様になってきた。

ブラジル的な泥臭さと共に、心から共感を誘わずにはおれない人間味溢れた、個性的な彼の音楽の魅力に、とりつかれてしまう人は少なくない様だ。生涯に約2000曲も書かれた作品の中には、まだまだ演奏されない知られない作品が山ほど残されている。

今日はまず、1912年に彼が25才の時に書いた《幻想ヴァイオリンソナタ第1番“絶望”》が演奏される。この作品を書いた5年後、外交官としてリオにやって来たフランスの作曲家ダリウス・ミヨー、それにリオに演奏旅行でやってきた世界的ピアニスト、ルービンシュタインとの出会いがあり、その刺激は彼の創作内容により幅広い成長と、より野生的な個性の充実をもたらすことになるが、殆ど独学で作曲の知識を習得した彼の、初期に書かれたこれらの作品には、まだ習作的な要素が覗かれる。しかし後期ロマン派風な作風で書かれたソナタにはなかなかの創作意欲が感じられ聴きごたえがある。1楽章形式で書かれ、Moderatoの導入部、Poco Moderato - Allegro com fuoco – Andantinoの中間部、Andante – Adagio – Allegro終結部で書かれている。副題の“絶望”についての詳細は不明だが、この1912年は4幕の歌劇《イザート》を書き始めた年でもあり、当時の創作活動への様々は不安感が、25才の彼に衝動的にこの副題を付けさせたのではないかとも想像される。この他に3曲、計4曲の《ヴァイオリンソナタ》を残している。この曲は、10年前の1987年ヴィラ=ロボス生誕100年の記念演奏会で初演され、今回は2回目の披露である。

<第2部> ソプラノ独唱

カルタヘナ》
アドルフォ・メヒア作曲(1916~1973)

南米コロンビアの作曲家メヒアはカリブ海に面した美しい海岸の町カルタヘナに生れ、歌曲を中心に多くの作品を残している。カルタヘナはコロンビアの代表的なリゾート地で、昔から知られた美しい海岸都市で、北米や中米そしてヨーロッパからも多くの観光客がやって来て賑わっている。

コロンビアは国土の大半が高原地帯で首都のボゴタは海抜2000mにあり、赤道の直下であるにもかかわらず気候は温暖、国全体に花の栽培が盛んでその多くを輸出している。山が海岸にまで迫っているために海岸沿いの町は細長い平地に発展していった、このカタルヘナも細長い都市である。この歌はメヒアが愛する生まれ故郷を讃えた歌で、殆どのコロンビア人が口ずさむ名曲である。

《忘却という木の歌、子守歌、猫》
アルベルト・ヒナステラ作曲(1916~1976)

ヒナステラは南米アルゼンチンを代表する世界的な作曲家の一人で、音楽のあらゆる分野に多くの作品を残し、多くの賞を受けている。当初民族音楽的な作品を書いていたがやがて現代的な前衛的なものに移行して、晩年はスイスに移住して作曲活動を続け最後には12音の作品まで残している。

風刺に富んだ《忘却という木の歌》は彼の多くの歌曲の中でも初期の作品で、最も代表的なものとしてよく歌われる。美しい《子守歌》、コミカルな《猫》といずれもヒナステラのラテン的な豊かな感性を伝えてくれる。

エイトール ヴィラ=ロボス(1887~1959)にはおよそ100曲程の歌曲があり、その中で最もよく歌われるのが《モジーニャとカンソン第1集(7曲)》と《第2集(6曲)》だろう。このプログラムの中の《船乗りの歌》《サントス公爵夫人のルンドゥ》《栗色の小猫》《追慕》の4曲はその第1集に、《すてきな人生》《マンダ チロ、チロ、ラ》の2曲は第2集にそれぞれ含まれている。第1集は1933年から1941年の間にばらばらに書いたものをアルバムに纏めたもので、第2集は1943年に書かれている。第1集に纏められたものは叙情的な情感溢れる美しいものが多い、第2集には風刺的な内容のものが多い。

ヴィラ=ロボスの音楽に漂う人間性溢れる情感、溢れるような情熱は歌曲の中にも遺憾なく発揮されていて、時にその魅力に心を奪われる。歌詞がポルトガル語で書かれていることから日本の声楽家に歌われる機会が少ないのは残念なことである。

ヴィラ=ロボスは晩年の1958年に、ハリウッド映画「緑の館」の音楽を依頼され、オーケストラと合唱、それにソプラノ独唱と言う形の壮大な交響詩《アマゾンの森》を作曲した。この中には4曲のソプラノ独唱の曲があり、この4曲はしばしば《熱帯の森の歌》として演奏されたことがある。日本でも95年の“ブラジル音楽祭95”でこの形で初演が行われた。その4曲とは《黄昏の歌》 《愛の歌》《出帆》《夕闇》である。この4曲目の《夕闇》がこの《感傷的なメロディ》として広く歌われており、叙情溢れるロマンチックなこのセレナーデは聴くものを魅了する。ヴィラ=ロボスは《アマゾンの森》の作曲の翌年に、幾つかの作曲の依頼を残したまま72年の生涯をリオで閉じた。

《アリア(カンティレーナ)》“ブラジル風バッハ第5番より”は、1938年にリオで作曲され、その後1945年に作曲した《踊り(マルテロ)》を加え《ブラジル風バッハ第5番》として一つの曲に纏めた。原曲は8本のチェロとソプラノ独唱と言う形で書かれており、その絶妙な組み合わせがこの曲の大きな魅力ともなっている。この様な組み合わせの曲は、世界ひろしと言えどヴィラ=ロボスのこの曲だけであろう。今回はピアノ伴奏で歌われる。

(村方 千之)


編集:市村由布子
Editora: YUKO ICHIMURA