日本におけるヴィラ=ロボス研究の先駆者、村方千之氏の文章を公開

村方千之氏からの手紙㊸『ショーロス第12号』(1997.2.1)

村方千之氏からの手紙㊷(1996.2.12)

村方千之氏が日本ヴィラ=ロボス協会の会報『ショーロス第1~12号』に執筆した文章を抜粋し、「村方千之氏からの手紙」というシリーズでご紹介しております。

村方 千之
「四年振りに実現した
ブラジル縦断エコロジーツアー」

『ショーロス』第12号
(日本ヴィラ=ロボス協会会報)
平成9年(1997)2月1日、2~3頁

発行 村方千之 / 日本ヴィラ=ロボス協会
編集 佐藤由紀子 渡辺猛


四年振りに実現したブラジル縦断エコロジーツアー

村方 千之

ヴィラ=ロボスの音楽から伝わるあの力強い野趣と情熱の根源を知るには、ブラジルを旅し実感することが何よりだ、だが、生憎日本からはジェット機で24時間という遠い国のこと、簡単に行ってみるわけにもいかない。そこで、協会の会員の方を一度はあのブラジルにお連れしたいという願いがあって、4年前から毎年ブラジル・ツアーを企画し、募集を試みたが、毎回希望者が少なくなかなか実現できないままで過ごしてきた。それが、今年はようやく4人のヴィラ=ロボス協会員を含め15名の参加者を得て実行され、8月16日に発って28日に帰国すると言う、13日間の誠に忙しいツアーだったが、お蔭様で時期もよく、毎日天候に恵まれ、拠点から拠点への航空機の運行も順調に進み、誠に快適な旅を持つことができた。

私は、この21年間に仕事絡みで11回この国を訪ねているが、この様に観光だけのために団体を組みブラジルを旅したのは初めて、しかもツアーは20代から70代までと言う幅広い年代の集まりにも拘らず、幸いにも初めての出会い、触れ合い、語らいを通し、それぞれの存在が活き、心の通った楽しい旅が無事できたことは、本当に素晴らしいことだった。

日本の23倍にも及ぶ広大なブラジルを13日間で縦断するのは、極々限られた点と線を垣間見るに過ぎないが、それでもあの大自然の広大さ、雄大さは想像以上に参加した人達に強烈な印象を残したに違いない。私は昨年も赤道直下のアマゾンのマナウスを訪ね、セスナ機であの広大な河と大森林を空から眺め、スケールの大きさに圧倒されたが、今回はそのマナウスからネグロ河を遡り、大森林のど真ん中、川べりの湿地に自然にマッチして建てられた木造四層高床のタワーホテル(ロッジ風のホテル)で2日間過ごし、小舟で支流を遡り、インディオの生活を眺め、ピラニアを釣り、鰐狩り、密林トレッキングを経験し、猿や鸚鵡(オウム)などの野鳥と身近に触れ合い、日本では想像もつかない大自然に抱かれて、久々に雑務から解放され心身を休めた。

ついで、マナウスから南に1000km、ジェット機でおよそ3時間半、南米大陸の真ん中、ブラジルの中西部に位置するマットグロッソ州の州都クイアバを拠点に、世界でも最後に残されていると言う珍しい野生動物の宝庫パンタナールに向かう。パンタナール縦貫道路を酷暑の中、冷房なしのバスに揺られて南下すること3時間、日本の本州がすっぽり入ってしまう広さの、大湿原パンタナールの北部にさしかかる。道路の両脇に限りなく広がる雄大な地平線、湿原には無数の鳥類、鰐(わに)、珍しいカピバラ(大鼠)がちらほら目に映ってくる。夕闇迫る中を漸く川べりに建てられた白壁、赤屋根の小奇麗なロッジに到着、音のない神秘的な夜を迎える。翌朝、地平線にあがる真っ赤な太陽に感動、ロッジ食堂前の大樹には無数の小鳥が早朝から賑やかに囀り、二百羽ほどの小鳥が一挙に餌台に群がる様子は壮観であった。モーターボートで河を遡っていくと、岸辺の草むらには夜行性の鰐(わに)がごろごろと群れをなして横たわって休息し、大木には百羽、二百羽の川鵜、アマ鷺がとまって休んでいる。釣竿を垂れると瞬時に次々とピラニアが引っ掛かってくる、その醍醐味はたとえ様もない。例のカピバラの家族、イグアナそして珍しく可愛らしい大カワウソの家族にも出会う。美しい羽色のカワセミやオオハシのダイビング、悠然と餌さがしをする鷺や鷹の類、木の上にはカベッサテッカ(アメリカトキコウ)の集団が巣を作り、また頭が黒く首に赤の襟巻をした嘴が長く真白な体の大コウノトリ、パンタナールのシンボルであるスグロハゲコウが悠然と飛び交っているのは見事だ。ここはとても名前を覚え切れない様々な鳥達の楽園である。彼等は川や湿原に生息する豊富な川魚を餌に自然の生態系を保ちながら繁殖し、生息し、そこには自然が淡々と息衝き悠久の時が流れている、何と素晴らしいことか。

クイアバの800km南には、ブラジル、アルゼンチンの国境線上に世界最大のイグアスの大瀑布(だいばくふ)がある。ブラジル南部の山々を源流とするイグアス河は、幅3.7kmに亘って出来た幅100mの落差に、幾筋もの滝をつくり物凄い轟音を発てて流れ落ちている。瀑布の約80%はアルゼンチン側から流れ落ちているが、両岸が深く切り込まれたような狭まった谷間になっている箇所を「悪魔の喉」と言い、そこを溢れ盛り上がって落流する大量の河水の物凄さは筆舌には尽くせない。この水を日本に持って行けるなら一遍で水不足も解消するのに、あゝ勿体ないなどとつい思ったものである。前日はブラジル側の滝棚に作られた展望台で、さらに次の日にはアルゼンチン側で「悪魔の喉」の真上まで伸びている展望台で、無限に流れ落ちる大量の落水に、息を飲みながら感動しばしであった。

最後に世界三大美港の一つリオ・デ・ジャネイロに立ち寄り、キリスト像の立つコルコバードの丘からのリオの変化に富んだ美しい景観に目を見張り、ある者は市立歌劇場でのヴィラ=ロボスのコンサートを聴き、ある者はコパカバーナ、イパネマの海岸泳ぎ、最後には歓迎のために集まってくれたリオの音楽家との交歓会が、この旅に心暖まる花を添えて帰国の途についた。

旅はその人に新たな人生観を呼び覚ますという、あまりにもスピーディな時の流れではあったが、自然との出会い、人々との出会いは時が経つほどに想い出を深め、懐かしさを募らせる。また、ゆっくりと時間をかけて行ってみたいと言うのが参加者全員の声でもあった。

(むらかた ちゆき/
日本ヴィラ=ロボス協会会長・指揮者)


編集:市村由布子
Editora: YUKO ICHIMURA