日本におけるヴィラ=ロボス研究の先駆者、村方千之氏の文章を公開

2023.1.8 清水由香ピアノリサイタル(ゲスト:小坂真紀)~ブラジル リオの風にのせて~

yukashimizuconcert20220108

コンサート情報


~ブラジル リオの風にのせて~
清水由香ピアノリサイタル
Recital da pianista Yuka Shimizu

ゲスト出演:小坂真紀(クラリネット)
Participação especial: Maki Kosaka(Clarineta)

2023年1月8日㈰ 18:30~
汐留ホール
後援:駐日ブラジル大使館


ブラジルのクラシック音楽~リオの風にのせて

市村 由布子
Yuko Ichimura

ブラジルは1822年にポルトガルから独立し、昨年200周年を迎えました。ポルトガルの領土だった時代に宣教師によって伝えられたクラシック音楽は、やがて3種類の民族(ヨーロッパからの移民、奴隷として連れてこられたアフリカ系黒人、先住民インヂオ)の文化の融合によって生まれた大衆音楽が積極的に取り入れられ、ブラジル独自のクラシック音楽に発展しました。遠い故郷を想うような郷愁、どんな境遇でもたくましく生きようとする生命力がそこには感じられます。本日の演奏会に選ばれたブラジルのクラシック音楽を代表する作曲家たちについてご紹介します。

19世紀後半、その当時珍しい女性の作曲家で、ショーロ*楽団のピアニストとしても活躍したゴンザーガ。彼女と同時期に活躍し、民族主義的作曲家の第一人者といえるのが”ブラジルの魂”と呼ばれたナザレ。作品の質量ともにダイナミックであるが故に”ブラジルの大地”にたとえられ、世界を驚かせた巨匠、ヴィラ=ロボス。ブラジルの音楽をさらに洗練された”ブラジルの文化”に高めたミニョーネ。ポピュラーとクラシック音楽の垣根を超え、さらにはジャズの要素も取り込み、”新しいブラジルの音楽”を作ったニャタリ。前衛的な手法で作曲した時期もありつつ、最終的にはブラジル音楽の特徴を生かした表現を追求したクリーゲル。どの作曲家もショーロ*を含めたブラジルの大衆音楽を大切にしてきました。

本日のソリスト清水由香さんは、ブラジルのクラシック音楽に魅せられて1997年にリオへ。ブラジルで音楽活動を続けてもう四半世紀。”音楽移民”と自称する由香さんが聴くといつも鳥肌が立つという”ブラジル国歌”。そのメロディを使ってゴットシャルクが作曲した《幻想曲》の演奏は、第二の祖国への想いが込められた熱演になるにちがいありません。

コルチスラセルダシケイラといった日本ではあまり馴染みがないブラジルの作曲家によるクラリネットとピアノの作品も本日のプログラムに含まれています。3年前にも共演した小坂真紀さん(クラリネット奏者)との息の合った演奏に乞うご期待。ちなみに、クラリネットはショーロ*によく使われる管楽器の一つです。

魅力あふれるブラジルのクラシック音楽がここ、汐留に届きます
本日はブラジルに行った気分で、リオの風に吹かれましょう

ショーロ*:19世紀半ばにリオデジャネイロで成立した器楽合奏。ヨーロッパ伝来のポルカとアフリカ由来のルンドゥ(lundu)の影響を受けて生まれた大衆音楽。管・弦・打楽器を持ち寄って即興演奏を重視するスタイルで、ジャズよりもその起源は古い。ポルトガル語で”泣く”を意味する”chorar”が語源ともいわれる。


曲目解説

シキンニャ・ゴンザーガ     
リオデジャネイロ出身 (1847-1935)

女性の作曲家/ショーロ楽団の中で初のピアニスト。彼女の誕生日は”ブラジルのポピュラー音楽の記念日”とされている。

アトラエンチ (魅力的なポルカ) [1877]

彼女の作品の中で初めて出版され、ヒットした代表作。フルートやオーケストラ版もあり、ショーロの大事なレパートリーの一つとなっている。

 エルネスト・ナザレ
リオデジャネイロ出身 (1863-1934)

作曲家/ピアニスト。ポピュラーとクラシック音楽の要素を生かし、71年の生涯に220曲余りものピアノ作品を書いた。「ナザレはブラジルの魂を音楽で表した存在である」とヴィラ=ロボスに讃えられている。

フォン・フォン(タンゴ) [1913]

当時のリオの週刊誌”Fon-Fon!”にちなんで作曲された人気曲。”フォン・フォン”という車のクラクションをイメージした音が曲中に度々聴こえてくる。

ノクターン(夜想曲) [1920]

未出版。”タンゴ・ブラジレイロ王”である以上に”クラシックの作曲家”として認められたかったナザレ。”ブラジルのショパン”と呼ばれたナザレの”ブラジル風ノクターン”。

オデオン(タンゴ・ブラジレイロ)  [1909]

知識人や上流階級の人々が出入りしたリオの”シネマ・オデオン(無声映画館)”のロビーでナザレはピアノを弾いていた。映画館の名前に由来を持つ最高傑作。

フランシスコ・ミニョーネ
サンパウロ出身 (1897-1986)

作曲家/指揮者/教育者。ナザレ、ヴィラ=ロボスに続く大作曲家の一人。”ブラジルのワルツ王”と呼ばれ、高い教養とヨーロッパ風の気品を感じさせる。ほぼすべてのジャンルに1000曲以上残した。

コンガーダ [1921]

“コンガーダ”はアフリカ系ブラジル人による宗教的な踊り。彼のオペラ《ダイヤモンド商人(ミナス・ジェライスに住むポルトガルの王様の使者)》の踊りの一場面で、この部分が特に人気が高く、作曲家自身がピアノソロ用に編曲した。管弦楽版、ピアノ連弾用・2台ピアノ版もある。

エイトール・ヴィラ=ロボス
リオデジャネイロ出身 (1887-1959)

作曲家/指揮者/教育者。有名な《ショーロス》、《ブラジル風バッハ》の他に、室内楽、歌曲、交響曲、オペラなど850曲近くの作品を残した。彼の誕生日は”ブラジルクラシック音楽の日”とされている。

赤ちゃんの家族第1集 (人形たち) より [1918]

幼児が遊ぶ人形の世界(全8曲)。肌の色で特徴づけられたブラジルの人種の名前が付けられた人形も登場する。

ブランキンニャ(陶器の人形)

「ブランカ/白人」の指小辞。フランス人形のように真っ白な顔の人形。

モレニンニャ(パン生地の人形)

「モレーナ/日に焼けた女性」の指小辞。小麦色の肌の人形。

カボクリンニャ(粘土の人形)

「カボクロ/先住民インヂオと白人の混血」の指小辞。カボクロの人形。

ポリシネーロ(道化師/あやつり人形)

世界的ピアニストのルービンシュタインに初演されて以来、ヴィラ=ロボスの出世作となる。ブラジルの童謡“Ciranda, Cirandinha”が引用されている。

♪前奏曲/序奏 [1941]
~ブラジル風バッハ第4番から~

《ブラジル風バッハ》(全9曲)はブラジル風/バッハ風の副題をもち、楽器編成は多種多様である。《第4番》はピアノソロとして発表された後、オーケストラ版に編曲された。本日は第1楽章の”前奏曲”のみ演奏される。

第3曲 奥地の祭り [1937]
~ブラジル風連作(シクロ・ブラジレイロ)から~

民族的な要素を前面に出した人気の連作(全4曲)のうちの1曲。原住民インヂオの祭りをイメージした原始的なリズムとセンチメンタルな旋律が魅力的。

エジムンド・ヴィラーニ・コルチス
ミナス・ジェライス州出身 (1930-  )

作曲家/ピアニスト/指揮者/アレンジャー。クラシック音楽とブラジルのポップスの世界の両方で活躍している大御所。

[1995]

映画音楽のように美しい旋律と透明感のあるハーモニーが印象的。Cristiano Alvesがクラリネットとピアノ版で初録音し、人気が高まった作品。ピアノ独奏、ヴァイオリンとピアノ版もあり。

オズヴァゥド・ラセルダ
サンパウロ出身 (1927-2011)

作曲家/教育者。ブラジル音楽アカデミーのメンバー。C.グァルニエリやA.コープランドに師事。民族主義的傾向の強い作品が多い。

ワルツ・ショーロ[1962]

管弦楽曲《ピラチニンガ組曲》で2つのコンクールで優勝した記念すべき年に書かれた、民族色豊かな”ショーロ風ワルツ”。

ジョゼ・シケイラ
北東部のパライーバ州出身 (1907-1985)

作曲家/指揮者。ブラジル交響楽団の創設者、ブラジル音楽アカデミーの創設メンバー。北東部の民俗音楽に関する研究に基づく音楽理論を提案した。

ソナチネ [1978]

クラリネットの技術的な多様性と音域が最大限に探求されている。生まれ育った北東部の田舎を回顧するような3楽章形式の作品。

ハダメス・ニャタリ
南部のポルト・アレグレ出身 (1906-1988)

作曲家/ピアニスト。ブラジルのポピュラー音楽やジャズの領域にも通じ、南米における”ガーシュイン”のような存在。トム・ジョビンとも親しい間柄。

ピシンギンニャにバラを [1964]

“ブラジルポピュラー音楽の父”と呼ばれるピシンギンニャ(ショーロの作曲家、フルート・サックス奏者、1897-1973)のヒット曲《バラ》の一部を引用している。ピシンギンニャの誕生日は”ショーロの日”とされている。

エジーノ・クリーゲル
南部のサンタ・カタリーナ州出身 (1928-2022)

作曲家/指揮者/音楽評論家/音楽監督/ブラジル音楽アカデミーの会長も歴任。ケルロイター、A.コープランドに師事。国内外で活躍した大作曲家。

ソナチネ [1957]

一時期傾倒していた前衛的な手法から離れ、伝統的な手法で書かれた作品。2楽章からなる。

ルイス・モロー・ゴットシャルク
アメリカ出身 (1829-1869)

作曲家/ピアニスト。アメリカ生まれで、40歳の若さでブラジル没。パリに渡り、ショパンにも才能を認められた超絶技巧派のピアニストでもある。

ブラジル国歌による勝利の大幻想曲 [1869]

中南米の各地を遍歴した作曲家による、ブラジル国歌のためのパラフレーズ。

◆ポルトガル語指導:
ジュリオ・セーザー・カルーゾ先生 Julio Cesar Caruso


ブラジル国歌 Hino Nacional Brasileiro
作詞:Joaquim Osório Duque Estrada
作曲:Francisco Manuel da Silva

Ouviram do Ipiranga as margens plácidas
静穏なるイピランガの岸辺は聞けり

De um povo heróico o brado retumbante,
英雄たる人々の叫びが響き渡るを

E o sol da liberdade, em raios fúlgidos,
この瞬間、輝く自由の太陽は光芒を放ち

Brilhou no céu da Pátria nesse instante.
祖国の空を照らし出す

Se o penhor dessa igualdade
この平等の誓約を

Conseguimos conquistar com braço forte,
我らが強き武力で獲得せんとすれば、

Em teu seio, ó Liberdade,
汝の懐に、おお自由よ

Desafia o nosso peito a própria morte!
我らの思いは死をも恐れず!

Ó Pátria amada, Idolatrada, Salve! Salve!
我らが愛し崇拝する祖国よ、万歳、万歳!

Brasil, um sonho intenso, um raio vívido
ブラジル、熱烈なる夢、愛と希望の

De amor e de esperança à terra desce,
命みなぎる光は地上に降り注ぐ

Se em teu formoso céu, risonho e límpido,
汝が美しく微笑み、澄み渡る空に

A imagem do Cruzeiro resplandece.
南十字星の姿が燦然と光輝く

Gigante pela própria natureza,
汝の大自然による巨人は、

És belo, és forte, impávido colosso,
美しく強く恐れも知らぬコロッサスにして、

E o teu futuro espelha essa grandeza.
汝の未来はその偉大さを映し出す

Terra adorada,
讃えるべき土地

Entre outras mil, És tu, Brasil,
千の国々の中にある 汝はブラジル

Ó Pátria amada!
愛する祖国!

Dos filhos deste solo és mãe gentil,
この大地の息子らの 汝は優しき母にして

Pátria amada, Brasil!
愛する祖国 ブラジル!

※Wikipedia「ブラジルの国歌」から転載、1番のみ掲載


追悼文

エジーノ・クリーゲル
Edino Krieger(1928-2022):
2022年12月8日没、享年94歳

 

1975年「第1回ヴィラ=ロボス国際指揮者コンクール」に参加した故・村方千之氏の指揮について、音楽評論家として新聞にコメントしたことがご縁で、1995年に日伯修好100年記念イベントの際に来日。その際に日本ヴィラ=ロボス協会主催の講演会「音で綴るブラジル音楽史の旅」の講師も務め、また同時期に村方千之氏の指揮で、クリーゲル氏の《エストロ・アルモニコ》が日本初演されました。クリーゲルご夫妻と長年交流を続けてきた清水由香さんは、クリーゲル氏の《ソナチネSonatina》を好んで何度も演奏し、ご自身のCDにも収録しました。ご生前のご功績を偲び、心からご冥福をお祈り申し上げます。

Edino Krieger :《Sonatina》 エジーノ・クリーゲル:《ソナチネ》
(2020年4月録画)

ピアニスト清水由香さんの演奏はこちら

※ご本人の許可を得た上で掲載しております。この場をお借りして深くお礼を申し上げます。