日本におけるヴィラ=ロボス研究の先駆者、村方千之氏の文章を公開

村方千之氏からの手紙⑳(1994.11.6)

村方千之氏からの手紙⑳(1994.11.6)

村方千之氏がプログラムノートに執筆した文章を抜粋し、「村方千之氏からの手紙」というシリーズでご紹介しております。

アルゼンチン・ブラジル現代音楽祭[第4回]
“爽やかな秋!休日の午後に憩うピアノと歌曲のサロンコンサート”
1994[平成6]年11月6日 自由学園明日館講堂
主催:日本ヴィラ=ロボス協会


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【プログラムノート】

曲目解説

Carlos Lopez-Buchardo (1887~1949)

カルロス・ロペス=ブチャルドはアルゼンチンの作曲家、教師。国立音楽院に長く勤め、プラタの芸術学校設立など教育界にも大きな貢献をした。旋律が美しく、歌曲作品を多く残している。

≪夜想曲(Noturno)≫副題に『“ロメオとジュリエット”のための音楽的コメントより』とある。夜のしじまに語らう恋人同士のイメージを甘美な旋律でよく表している。

Alberto Williams (1862~1952)

アルベルト・ウィリアムスは英国にルーツをもつアルゼンチンの作曲家、指揮者、ピアニスト、教育者で、祖父は作曲家であった。20歳のときパリに留学、セザール・フランクに作曲を学び、帰国後はリサイタル、作曲、出版活動、音楽学校の設立など目覚ましい活躍をし、出版された作品だけでも100曲を超えている。下記の3曲は『山にて』と題された5曲の組曲Op32から選んだもの。

≪丘にかげ濃く(La Colina Sombreada)≫
フランク的な和音上に、旋律は美しく流れていく。

≪ピキジンの枝(Rama de Piquillín)≫
ピキジンはかわいい実のなるブッシュ。山で出会った楽しい体験を表した短い軽快な音楽。

≪捨て去られたそま家(El Rancho Abandonado)≫誰も住まなくなって放置された粗末な古屋、長2度を繰り返す寂しい主題は日本の子どもの唄を思わせ、組曲の中では最もポピュラーな曲。

Carlos Guastavino (1912~ )
※2000年没

カルロス・グァスタビーノは、現存する作曲家。はじめ故郷でピアノを学んだ後、パリに出てセザール・フランクに学んだ。民族主義的な作風だが洗練されロマンティシズムの色濃い作品が多い。

≪少女の頃(Las Niñas)≫ラスニィーニャスとは「少女達」の意味、年老いた姉妹が、前庭の樹の下で少女の頃の思い出を回想する様子を表しているので「少女の頃」と訳してある。郷愁を誘う美しい曲。

Heitor Villa-Lobos(1887~1959)

エイトール・ヴィラ=ロボスはブラジルをそして南米を代表する世界的な作曲家である。生涯にあらゆる分野に亘る約2000曲もの作品を残している。ブラジルの大地の叫びを感じさせるその野趣とロマン溢れる音楽は聴くものを魅了して止まない。

≪カボクロの人々(A lenda do Caboclo)≫インディオと白人の混血をカボクロと言い、ブラジルの田舎に行くと素朴で神秘的な雰囲気をもったカボクロの人々を見掛ける。田舎風景を思わせるのどかな表情をもち、アマゾンのジャングルにいる鳥の鳴き声も聞えて来る様な大自然の空気を感じさせる曲。

≪道化師(O Polichinelo)≫子供に寄せる愛しさに溢れた作品の一つ、曲集「赤ちゃんの家族」の中の一曲で、少しもじっとしていない赤ん坊のおどけた様子を描いている。

Astor Piazzolla(1921~1992)

アストール・ピアツォーラは現代アルゼンチンタンゴの作曲家として名高い。伝統的なアルゼンチンタンゴを新しい国際的タンゴに発展させた功績は高い。クラシックの作曲技法をヒナステラに学び、ジャンルを越えた芸術性の高い作品が多い。優れたバンドネオンの奏者で楽団を率い来日したことがある。

≪さよなら!お祖父さん(Adios Nonino)≫ピアツォーラの代表作として広く親しまれているタンゴ。年老いた父の死に際し作曲され深い愛惜の念が溢れている。ピアノ曲として編曲されたのは数年前、楽譜は未出版。デルガードはピアツォーラ自身から進呈された1987年サイン入りの楽譜で演奏する。技巧的で切なく激しく変化するタンゴのリズム、優雅だがアルゼンチン的哀愁に満ちた調べにブエノスアイレスの香りを充分に心深く満喫することが出来るだろう。

Alberto Ginastera(1916~1983)

アルベルト・ヒナステラは20世紀のアルゼンチンを代表する世界的な作曲家で、彼の作風を貫いている魅力はその民族性にある。ヴィラ=ロボスを敬愛したと言われ自作を献呈しているが、彼もまたあらゆる分野に作品を残している。初期はアルゼンチンの民謡をテーマにした作風から、やがて民族的なものを内在する彼自身の主観的な表現の作品が多くなり、晩年には民族的なものは殆ど表に現れない無調や多調、12音等の絶対音楽的なものに昇華していった。

≪ロンド(Rondo)≫この曲は正しくは“アルゼンチンのわらべ歌の主題によるロンド”と題され、自分の子供のために三つのわらべ歌からテーマを取り、分かりやすく変化のある魅力的な曲である。

≪マランボ(Malambo)≫マランボはギターの伴奏でするガウチョのダンスである。彼はしばしばマランボを作品の中に器用しているが、ガウチョの典型的な気質を表した曲で、穏やかな感じから徐々に興奮して激しくなっていく要素を持っている。


新たな発展に向けて

日本ヴィラ=ロボス協会 会長 村方千之

本日は、日本ヴィラ=ロボス協会の定例コンサートにご来聴いただき、大変嬉しく存じます。

当協会は1986年の10月に発足致しましてから、この11月で9年目を迎えることとなりました。ブラジルの生んだ世界的な大作曲家ヴィラ=ロボスの作品を日本に紹介することを目指して活動を行って参りましたが、今やその目的も予想以上に成果を上げて来られたかに思います。喜ばしいことです。

さて、来年1995年は日本とブラジルの間に修好条約が締結されてから百年目を迎える記念すべき年であります。日本とブラジルは地球上では最も遠い国同士ではありますが、日系のブラジル人が世界で最も多く住んでいると言う点では、大変関わりの深い国であり、これからはさらに今まで以上に相互の関わりが、より重要なものになることが考えられます。その意味でも来年はこれからの日本とブラジルの関係がより新たな発展を迎えるためにも、お互いを良く知ることが大切になるものと思われます。

ブラジルはヨーロッパの裏庭と言われ、芸術文化の面では大変ヨーロッパに近く、日本では想像もつかない優れた伝統文化が保存され、また活かされています。音楽芸術の面でも借り物ではない彼等自身のものが受け継がれて息づいている点では、文化に対する感覚は日本よりも一歩先を行っていることを感じています。日本ヴィラ=ロボス協会では来年10月に「ブラジル現代音楽祭週間」を企画し、ヴィラ=ロボスのみならずこの国を生んだ他の優れた作曲家達の作品を披露し、同時に優れた演奏家たちを招き、彼等の演奏を通してブラジル芸術音楽への新たな発見と親しみを促したいと考えています。

どうぞ、日本ヴィラ=ロボス協会の活動にご理解をいただき、今後共にますますご後援をおすすめ下さいます様、心からお願い申し上げます。

1994年11月6日


編集:市村由布子
Editora: YUKO ICHIMURA