日本におけるヴィラ=ロボス研究の先駆者、村方千之氏の文章を公開

村方千之氏からの手紙㊲『ショーロス第6号』(1990.11.1)

村方千之氏からの手紙㊲(1990.11.1)

村方千之氏が日本ヴィラ=ロボス協会の会報『ショーロス第1~12号』に執筆した文章を抜粋し、「村方千之氏からの手紙」というシリーズでご紹介しております。

村方 千之「ブラジルを知ろう(Ⅰ)」
『ショーロス』第6号
(日本ヴィラ=ロボス協会会報)
平成2年(1990)11月1日、1~4頁

発行 村方 千之 / 日本ヴィラ=ロボス協会
編集 村方 千之 与五沢実


ブラジルを知ろう(Ⅰ)

村方 千之

私は今までに4回ブラジルに行き、時にはアルゼンチンまで足を伸ばして仕事の合間に観光を楽しんだり、知人、友人に会ったりしてきましたが、あの広い国を隈なく見て歩くなどはとても無理なことで、未だその中心の地域を垣間見たに過ぎません。

日本から最も遠い国なので気軽に飛んでいくと言う具合にはいきませんが、あのヴィラ=ロボスを生んだ豊かな自然と自由な心の国ブラジルに、機会があれば今度は会員の皆さん方とツアーを組んでもっともっと方々を見て歩きたいなと思っております。

これから先、世界がどう変わっていくのか見当もつきませんが、円の価値が高いうちにそのチャンスが作れると良いですね。会員の皆さん如何でしょうか。

ところで、まだブラジルに行った事のない方のために、そのブラジルのことを身近に知っていただければと思い、柄では有りませんが何回かに分けてこの紙上で紹介したいと思います。ブラジルに興味を持って戴ければ幸いです。


● ブラジルの発見と名称の由来

南米大陸の中でも最も大きな国ブラジルの歴史は、今から約500年前に始まりました。西暦1500年4月22日のこと、ポルトガルの海洋探検家ペドロ・アルヴァイス・カブラルの一行がインド訪問の航海の途中、たまたま豊かな緑の島を見つけ上陸したのがブラジル発見の端緒となったのです。後に彼等はこれが島ではなくて大陸の一部であることを知るわけですが、やがてこの地にポルトガル人が次々にやってくるようになると、ここに自生するパウ・ブラジル(ブラジルの木)を切り出して高級家具の材料や染料として貿易するようになり、いつしかポルトガル人の間でこのパウ・ブラジルに因んでこの地をブラジルと呼ぶようになったと言われています。その発見から様々な経緯を経て322年後の1822年に、世界で5番目の広さを持つ独立国ブラジルが誕生したのです。

● ブラジルの位置と広さと地形

⇒地図省略

南半球にあるブラジルは、日本からは地球の丁度真裏にあたる位置にあります。従って日本とは全てが反対。時差は12時間、日本が真夜中の時にブラジルは真っ昼間、日本の夕方はブラジルの朝方。日本で最も暑い7、8月はあちらでは最も寒い時、日本で最も寒い1、2月は向こうでは酷暑に当たると言う具合です。日本では南の方角に行くほど暖かい暑いという感覚がありますが、ブラジルでは北の方角に行けば行くほど暑くなるという感覚です。

この国の面積は8,551,965平方kmで、南米大陸の約半分を占め、東西の距離が4,328km、南北が4,320km、形はやや歪な菱形をしており、日本の約23倍もあります。ちなみに、わが国の北海道の北端、稚内から九州の南端までが直線距離で約1,990kmですから、これを見てもこの国がいかに広大であるかが分かります。

この国の北部は熱帯地域で赤道が横切り、有名なアマゾン川の河口辺りが丁度赤道の直下、そこから南に南緯30度辺りの四季のある亜熱帯、温帯の地域にまで広がっています。

大西洋に面した海岸線は、北のギアナとの国境に始まりアマゾンの河口を経て東南に向かって約2,500 km、そこからやや直角に向きを変え南西に約4,900 km伸びてウルグァイ国境に至っています。この約7,400kmに及ぶ海岸線は南米大陸全体の海岸線の約3分の1を占める長大なもので、その海岸線には、リオ・デ・ジャネイロをはじめ、サルバドール、ベレンなどの約20ほどの大きな都市や港が点在しています。

内陸は北にヴェネズエラなど4ヶ国、北西にコロンビア、西にボリビア、ペルー、南西にアルゼンチン、パラグァイ、南にウルグァイと言うように南米12カ国の中でチリ、エクアドルを除いた10ヶ国と国境を接しています。

● 地域別の自然と気候、都市

広大なブラジルを、地域的特徴で分けると、北、東北、南西、南東、南の5つの部分に分けてみることができます。

■ [北部] アマゾンを中心とした一帯

この地域は国土の40%を占め、あの有名なギアナ高地の一部にブラジル領の最北端がかかっているため、ヴェネズエラとの国境には3,000kmのネブリーナ山がそびえていますが、大部分はアマゾン川の流域を中心にした広大な平原と台地で典型的な熱帯性多湿降雨林の地帯です。かつては人跡未踏の原生林が全体を覆い、地球上の酸素の供給源となっていましたが、今無計画な開発に因ってその貴重な原生林が破壊されつつあり世界的な問題となっているのはご存知の通りです。

この地域の内陸の年間平均気温は32度と言われ、1~5月が雨季、6~12月が乾季。雨季には高温と多湿で人体にも黴(かび)が生えると言われます。

アマゾンの流域には河口近くに人口80万のベレン、約1,400km奥に遡ったところに人口60数万のマナウスがあり、経済、観光の中心地として栄えています。この二つの都市は19世紀後半この地方の野生のゴムが世界的な注目を浴びた時期に未曾有な発展をし、栄燿栄華を極めたところです。ただ全体としては決して住みやすい環境ではないことから人口密度は1平方kmに約1.1人と言ったこの国の最も過疎な地帯となっています。

■ [東北部] 植民地時代を象徴するバイア州の一帯

大西洋に向かって海岸線が大きく東に出っ張っている一帯で、国土の20%を占め、内陸は標高500~1,200m程の高原地帯で中西部のブラジル高原にまで続いており、高温で乾燥した慢性的な旱魃(かんばつ)地帯のため潅木(かんぼく)しか育たない荒地です。一方海岸線に沿って細長く向かって続いている平地の部分は乾季と雨季があり高温多湿で農業に適し、バイア州を中心にしたこの東北部一帯はブラジルでも最も早くからポルトガルの植民地として開拓され、黒人奴隷達も労働力としてここに連れて来られたのでした。この地方にはインディオと黒人との結合によって生まれた独特の文化が今も根強く残っておりブラジルの心の故郷とも言えるところです。この地方全体の人口は約3,500万でブラジル全人口の30%を占めています。

海岸線にはバイア州の州都、人口150万人のサルバドールと、140万人のレシーフェなど10程の港町が点在し、特に植民地時代の1549年から214年間に亘ってポルトガルの総督府の置かれていたサルバドールは当時ブラジルの中心地でもありました。

■ [中西部] 首都ブラジリアと不毛の中部高原一帯

南米大陸のほぼ真ん中、西をボリビアとパラグァイに国境を接するブラジルの中央奥地一帯には海抜平均500~800mの2つの広大な高原地帯が国土の約22%を占めています。

ボリビアに接するマットグロス州には北側のアマゾン平地から盛り上がってできた様なマットグロッソ高原があり、一部は未踏の森林地帯に覆われアマゾンの支流の源になっていますが、また南に向かってはパラグァイ川の源流となり、その下流には地球最後の自然の楽園といわれるパンタナール大湿原が広がっています。マットグロス州の東側にはゴイアス州、また東端に首都ブラジリアがありますが、この地域は北のバイア高地に続く広大な中部ブラジル高原が占め、北に向かって流れるアマゾンの支流トカンチンス川の源流として、また南に流れるパラナ川の源ともなっています。ただ、この高原一帯は極端に酸性の強い赤茶けた土壌の草と潅木しか育たない荒涼としたセラードの原野で、ブラジルでは最も開発の遅れる不毛の地域でした。

この内陸一帯は乾季と雨季に分かれた熱帯性気候ですが、高原一帯は比較的に涼しく気温は平均して17~21度と言われています。その不毛の中部ブラジル高原の真ん中に故クビチェック大統領によって1960年に人工的に建設された首都、人口130万のブラジリアがあります。リオ・デ・ジャネイロから遷都されて30年、それまでは殆ど不毛で未開だったこの内陸の高原は、今は急激な農業開発によって人口の移住が進み少しずつその面影を変えつつあるようです。

■ [南東部] ブラジルの先進地域一帯

バイアの南に隣接するミナスゼライス州とその南のサンパウロ州は中部ブラジル高原から続く高原地帯で、その南東の海岸線沿いにはあたかも海岸に向かってしわを寄せたように山脈が連なり、中には2,000mを越す山々もあり、南に下るほど山は海岸に迫り断崖となっています。その海岸沿いの一角にリオ・デ・ジャネイロ州があり、またミナスゼライスの東海岸沿いには東北部から続く細長い肥沃な平地の部分がありますがこれがエスピリトサント州で、その南端はリオ・デ・ジャネイロ州に隣接しています。この海岸沿いの一帯は北東部の熱帯性気候の延長で乾季と雨季があり高温多雨、一方高い山脈によって海岸から隔てられた内陸の高原地帯は海抜800~1,000mもあることから亜熱帯にあるにも拘らず、四季のある温帯性気候に近いのです。

この南東部地域はブラジルでも最も開発の進んだ先進地域で、広さは国土の11%に過ぎませんが、人口約6,000万人でブラジル全人口の40%以上を占め、ブラジル最大の都市人口850万人のサンパウロ市をはじめ、人口600万人の古都リオ・デ・ジャネイロ市、ミナスゼライスの州都ベロホリゾンテ市などの主要都市を中心に農業、工業が発展し、交通網が整備されブラジルに於ける経済、文化の中心をなしています。

■ [南部] ブラジルの北海道?

南にウルグァイ、西にパラグァイと国境を接しているブラジルの南端は、北から続いてきた高原地帯が南の平地に移行する辺りで、パラナ、サンタカタリナ、リオグランデ・ド・スールの3州を包含しています。四季のある温帯性の気候で過ごしやすく、冬には霜もおり、雪も降るといった地域で、南のウルグァイ国境近くの平地部分はパンパ(草原)の様相をなし、森林はパラナ松で覆われており、他のブラジルの地域とは違った環境にあり、落ち着きが感じられます。

広さは全国土の約7%弱に過ぎませんが、人口約1,900万人が住んでおり、ブラジルの産業、経済を支える重要な地域になっています。海岸沿いにはドイツ系移民によって開発された町、人口100万人のポルト・アレグレとフロリアノポリス、内陸には日系移民の多いクリチバ市等の主要都市があります。

(次回はブラジルを知ろう[Ⅱ]<ブラジルの歴史>)

(むらかた ちゆき/
日本ヴィラ=ロボス協会会長・指揮者)


編集:市村由布子
Editora: YUKO ICHIMURA