日本におけるヴィラ=ロボス研究の先駆者、村方千之氏の文章を公開

村方千之氏からの手紙㉔(1997.6.22)

村方千之氏からの手紙㉔(1997.6.22)

村方千之氏がプログラムノートに執筆した文章を抜粋し、「村方千之氏からの手紙」というシリーズでご紹介しております。

休日の午後を楽しむ明日館コンサート
<南米音楽祭‘97Ⅰ>
1997[平成9]年6月22日 自由学園明日館講堂
主催:日本ヴィラ=ロボス協会


チラシ(表)を拡大する

チラシ(裏)を拡大する


【チラシから】

<日本ヴィラ=ロボス協会「南米音楽祭」>

ブラジルをはじめ、パラグアイ、アルゼンチン、そして西海岸沿いのチリ、ペルー、コロンビア、ボリビアには、その国々の民族的伝統を背景にヨーロッパの伝統音楽(クラシック音楽)を基盤とした特徴的な音楽が、その国々の作曲家たちによって沢山生み出されて来ました。その最も代表的なのが世界的な作曲家であるブラジルのヴィラ=ロボスです。しかし、南米にはこの他にもまだまだ知られていない作曲家達が作った魅力的な曲が沢山あり、最近ようやくナザレ(ブラジル)、ピアソラ(アルゼンチン)、バリオス(パラグアイ)などが日本の音楽ファンの間に広く知られるようになり、ブームを起こしているのは大変嬉しいとです。“日本ヴィラ=ロボス協会「南米音楽祭」”はそうした状況をふまえ企画したもので、これからも南米音楽の啓蒙のために続けていきたいと考えています。休日の午後を南米音楽とコーヒー・ブレイクでお楽しみ下さい。


【プログラムノートから】

<第1部>ピアノ独奏

ヴィラ=ロボスが(1887~1957)単にブラジルの作曲家としてばかりではなく南米を代表する世界的な作曲家であり、また、音楽のあらゆる分野に2000曲に余るユニークな作品を残していることは日本でも良く知られるようになってきたが、更に最近ではとみに彼の作品が日本でも多くの演奏会のプログラムに目立つようになってきたことは興味深いことだ。

今日は、先ず名取夕子のピアノ独奏で、彼の200以上もあるピアノ曲の中から8曲が演奏される。彼のあらゆる作品の中で最もよく知られているのが≪ブラジル風バッハ≫(正しくはバッハ風ブラジル音楽)だが、バッハを敬愛して止まなかった彼は、4つの楽章を持った組曲風の連作9曲を残している。

その4曲目≪ブラジル風バッハ第4番≫は管弦楽用とピアノ用とに書かれており、今回はピアノバージョンで書かれたものから、1楽章の≪前奏曲(序奏)≫第3楽章の≪アリア(古謡)≫が奏される。

≪前奏曲(序奏)≫は敬虔な祈りを思わせる深くゆったりとしたテーマによって構成され、Pからfへと激しく盛り上げられ、心のそこから感動が込み上げて来る。テーマはブラジルの古い民謡のメロディーによったものとも言われている。

≪アリア(古謡)≫はブラジルの北東部地方のある町で歌われる大衆的なバラードのマーチ風な単調なメロディーがテーマとなっている。中間の早い部分ではこの東北部のラージギターでリズミカルに奏されるセルタン特有の踊りの音楽のスタイルが使われ、また最初のテーマが再現されて終わる。

≪悩みのワルツ≫原題の“A Valsa da Dor”のDorは一般的に痛いという意味に使われているが、ここでは心の痛みを音楽的に表現しているものと思われる。4/3拍子ではなく8/12拍子で嗚咽するように悲しみが伝わってくる。中間部のAllegro ansioso(速く不安げに)では苦悩が強調され、再び初めのテーマが慰めるように再来する。この曲はアルミンダ夫人の姉ジュリエッタ女史に献呈されている。

≪グィア・プラティコ[Ⅰ]≫原題の“Guia Pratico”は訳すと“実践的な手引き”と言うことになる。ヴィラ=ロボスはこの“グィア・プラティコ”全59曲を11巻の連作として世に出している。1930年ヨーロッパから帰ってきたヴィラ=ロボスは、自分が自国にいない間に国の中がより民主的な方向に変わろうとしていることを感じ、この国の音楽文化の発展のためには民衆の音楽教育が大切であることに目を向けた。まずは子供達のために身近なテーマに根差した音楽を作ってブラジル音楽の手引きにしたいと考えたのだろう。59曲のテーマ、そして題名はブラジル人誰もが子供の頃を彷彿とさせるものばかりで、子供の頃に歌った唄が現れて来たり、情景が想像されたりである。この59曲の素朴な音楽はブラジル人にとっては心の故郷なのであろう。ヴィラ=ロボスはこれら小品の一つ一つに純粋でレベルの高い芸術性を与えている。

≪明け方の目覚め≫≪満ち潮≫≪薔薇の木≫≪足の悪い女の子≫≪ヴィオラの弦≫は続けて演奏される。

室内楽

ヴィラ=ロボスは50曲余りの室内楽曲を作曲しており、なかでも17曲の≪弦楽四重奏≫はベートーヴェンのそれに匹敵される。また彼はとくにこの室内楽の分野に多くの傑作を残しているが、概して独特な楽器の組み合わせの作品が特徴的で、この≪女声合唱付四重奏≫もその一つ、今回は女声合唱が使われていない「1楽章」のみを取り上げたが、フルート、サックス、チェレスタ、ハープの組み合わせは面白い。大変抒情的な可憐な作品である。

≪神秘的六重奏≫は1917年彼がヨーロッパに渡る前に書かれたもので、少年時代から身に付けたブラジル独特の大衆音楽ショーロとヨーロッパの伝統音楽とを、自分の手法で纏めようとしたのがこの≪神秘的六重奏≫である。言わば彼の既成のスタイルへの反骨精神の現れで、その楽器編成の特異さは、まさに彼ならではの世界がある。フルート、オーボエ、アルト・サックスのメロディー群と、ギター、ハープ、チェレスタのリズム群が見事に絡み合って織り成す音楽には大衆音楽のショーロからの発想とイメージが強く感じられる。彼の神秘的と言った独特な言い回しは、曲を覆うその不思議な響きに象徴されているのではないかと考えられる。その特異な編成の故か、なかなか演奏される機会の少ない曲である。

(村方 千之)

<第2部> ギター独奏

濱田滋郎氏(音楽評論家)による解説が掲載されています。

 


編集:市村由布子
Editora: YUKO ICHIMURA