日本におけるヴィラ=ロボス研究の先駆者、村方千之氏の文章を公開

村方千之氏からの手紙⑩(1987.9.30)

村方千之氏からの手紙⑩(1987.9.30)

村方千之氏がプログラムノートに執筆した文章を抜粋し、「村方千之からの手紙」というシリーズでご紹介しております。

ヴィラ=ロボス 生誕100年記念連続特別演奏会<第4回>
“室内楽と合唱の夕べ”
1987 [昭和62] 年 9月30日 中央会館)
主催:日本ヴィラ=ロボス協会

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【チラシから】

ヴィラ=ロボスは12才の頃から既に黒人や民衆の音楽家などと深く関わり、18才でブラジルの奥地に入りインディオの音楽を採譜、研究したりした。ヴィラ=ロボスの音楽の殆んどはそうした若い頃に自ら直接触れてきたブラジルの民族、民衆音楽がその素材となっているが、一方その精神的基盤には終生愛してやまなかったJ.S.バッハの精神がこれを支えている。バッハの作風や技法ばかりでなくその精神をブラジルの魂と結びつけようと試みたところに、独自の意図があり彼の音楽の特異な特徴がある。ときに耳馴れないエキゾチックで奇妙な独特な響きやリズムに戸惑うこともあるが、聴くものの心にストレートに訴えかけてくる強い何かがあるのは、これこそ彼ならではの本能的なインスピレーションの強力な魅力に他ならない。

この第4回コンサートは彼の45曲ある室内楽作品と約300曲以上もの合唱作品から7曲が選ばれ魅力的なプログラムが組まれている。

弦楽室内楽作品には《弦楽四重奏曲》17、《ピアノトリオ》3、《ヴァイオリン・ソナタ》2、《チェロ・ソナタ》2曲などがあり、いづれも伝統的なスタイルで書かれているが、かなり現代的な響きと複雑なリズムが組み合わされていることから高度な演奏技術が要求される。内容的には充実した名作が多く、中でも内容的にレベルの高い一連の《弦楽四重奏曲》がわが国で演奏される機会が殆んどないことは大変残念に思われる。今回は小品ではあるがブラジルの民衆音楽であるショーロの情感を見事に取入れたヴァイオリンとチェロの二重奏《2つのショーロス(ビス)》と、力作の一つである《ピアノ三重奏曲第1番》が選ばれている。

管楽室内楽曲には管楽器のみのもの、管楽器に弦楽器が加わったもの、さらに打楽器の加わったものなど10数曲あるが、形に囚われない奔放な内容の作品が多い。今回演奏される《神秘的六重奏曲》はフルート、オーボエ、アルト・サクソフォーン、ハープ、チェレスタ、ギター、もう一つの《四重奏曲》はフルート、アルト・サクソフォーン、ハープ、チェレスタと女声合唱付き、と言う様にいづれも特異な編成で書かれたもので、ヴィラ=ロボスならではのファンタスティックな世界がたいへん興味深い。

彼は母国の輪かい世代の音楽教育と啓蒙のために合唱運動にも情熱を傾け、膨大な数にのぼる合唱作品を、宗教曲から民族的なものにまで様々な形で残している。その全容については簡単には紹介しきれないが、今回はその中からごく象徴的な小品が三つ取上げられている。《ショーロス第三番“きつつき”》はインディオの歌からとった最もブラジル的な作品で今回は特に男声合唱のみの形で歌われるのが面白い。《アヴェ・マリア》はそれとは対照的に敬けんな美しい曲。《フーガ》はオーケストラの曲である。《ブラジル風バッハ第8番》の終楽章のフーガの合唱版で無伴奏のヴォカリーズで歌われる器楽的な合唱曲である。

今回は指揮の藤井大史さん、ギターの小川一彦さん、フルートの遠藤剛史さん、サクソフォーンの雲井雅人さんを中心としたヴィラ=ロボスの音楽に情熱をもった新進気鋭の演奏家により、意気の籠った演奏でヴィラ=ロボスの作品が疲労されることに大きな期待を寄せている。

1987年9月
日本ヴィラ=ロボス協会々長
村方 千之


【プログラムノートから】

ごあいさつ

ヴィラ=ロボスの生誕100年を記念して行なっております5回の連続コンサートも、今回で4回目となりました。お蔭様で毎回多くの方々のご来聴を賜り、この様な試みが少しづつでも共感の輪を広げつつあることを、大変嬉しく思っております。

ヴィラ=ロボスがあらゆる分野に亘って残した1000曲に余る作品の中から何を選び出して聴いていただくかと言うことは、コンサートのたびの大きな課題でもあり、プログラミングの苦労のあるところです。しかし、その度に感じさせられることはヴィラ=ロボスの世界の大きさであり、広がりであり、深さなのであります。

多数の名作が、演奏される機会を待って死蔵されていることを知るのは耐え難いものがあり、中でも弦楽四重奏を含む室内楽の分野、また歌曲、合唱の分野の数々の名作が、とくにわが国では殆ど演奏される機会に恵まれないのは本当に残念なことです。

今日は新進気鋭の若い方がたによって、それらの中から初演作品をふくめた興味深いユニークな幾つかの曲が披露されます。どうぞ最後までごゆっくりとお楽しみください。なおまた、来たる11月7日(土)の第5回フィナーレ・コンサートでは、ブラジルを代表するピアニスト、M.プロエンサを迎え日本では演奏されることのなかった協奏曲とオーケストラ作品を披露します。是非ご来聴になりヴィラ=ロボスの壮大な世界をお楽しみ戴きたく存じます。

1987年9月
日本ヴィラ=ロボス協会会長
村方 千之


ヴィラ=ロボスの合唱曲(宗教曲を含む)の作品集
CORO
※作品表は後日追加予定

合唱のための作品について

ヴィラ=ロボスの合唱のための作品は一般の合唱曲、宗教曲、編曲ものなど合計すると約300曲という多数にのぼりその総てをここで紹介することはできないので、ごく一部の代表的なものを選んで16曲を掲げるにとどめた。

ここに掲げたものは、わが国で取り上げても充分に理解し通用し得る範囲を想定して選んだもので、ブラジル国外で出版されているものを主としている。

この中でミサ曲≪聖セバスチャン≫ は、わが国でもすでに歌われているものである。宗教曲以外は殆どブラジルのインディオの民謡などが取り入れてあったり、伴奏に民族的な特殊な打楽器を使ったりして特徴的なものが多い。

この他に、合唱と管弦楽との組み合わせによる交響的な大規模な作品がかなり書かれているが、これは次の機会に紹介したいと思う。

(村方 千之)

※濱田滋郎氏(音楽評論家)が曲目解説を執筆


◆このプログラムノートには、下記の寄稿文が掲載されております。

 

カルロスA.B.ブエーノ(駐日ブラジル大使):「メッセージ」
トゥリビオ・サントス(ヴィラ=ロボス博物館館長):「メッセージ」
濱田滋郎(音楽評論家):「曲目についてのメモ」
遠藤剛史(フルート奏者):「ヴィラ=ロボス、ブラジル、リオ…」
藤井大史(指揮者):「我等が親方ヴィラ=ロボス」

編集:市村由布子
Editora: YUKO ICHIMURA