日本におけるヴィラ=ロボス研究の先駆者、村方千之氏の文章を公開

2023.2.23【レポート】水谷川優子&黒田亜樹デュオ・リサイタルピアソラ&ヴィラ=ロボス

🎼「水谷川優子&黒田亜樹 デュオ・リサイタルピアソラ&ヴィラ=ロボス
~南の空 2つの巨星~」を聴いて
(2023.2.23)

市村由布子
YUKO ICHIMURA

コンサート情報

水谷川優子さんと黒田亜樹さんのデュオを聴きに行くのは今回で4回目。1回目は2021年1月、ハクジュホールのリハーサル(東京)。2回目は2021年3月ザ・フェニックスホール(大阪)。3回目は2021年11月 佐助サロン(鎌倉)。約1年ぶりの黒鳥たち🦢(水谷川優子さん&黒田亜樹さん)との再会に期待が高まる…

本日の前半はピアソラ、後半はヴィラ=ロボスの作品が取り上げられました。南米の巨匠の演奏を聴きながら、今は真夏のアルゼンチンとブラジルへと旅立ちました。

この日のプログラムには作品ごとの解説ではなく、「イントロダクション」というタイトルでお二人へのインタビューを元に構成された文章が掲載されていました。ピアソラとアルゼンチンへのお二人の熱い想いが溢れる素敵な文章。なぜこの二人の作曲家を並べたのか、どこに共感するのか、選曲の理由などが詳しく書かれていました。その内容がとても面白かった。ここに載せたいぐらい。

黒田亜樹さんはピアソラやバンドネオンが今ほど知られていなかった頃に惚れ込んで勉強し修業してきた、誰もが認める「ピアソラ弾き」。ピアソラ自身が目指していた“クラシック音楽家”としてのこだわりに共感し、今日のプログラムもそういう視点で選曲されていました。黒田亜樹さんは「(自分が)ピアソラを演奏して、世間に知られるようになることが自分の使命」と感じていて、ある意味自分の任務は十分に果たせたという。ピアソラと同じくらいに魅力的だが、まだ知られていない作品がたくさんあるヴィラ=ロボスの魅力に関心を抱き、チェロ奏者である水谷川優子さんに声をかけて、誕生したのがCD“BLACK SWAN”。国内外での評価は高く、ストリーミングでの再生回数は桁外れだそうです。

一方で、水谷川優子さんはというと…、南米のクラシック音楽のLPをお父様がご自宅でかけていらしたそうで、幼少期から南米のクラシック音楽に親しんでこられたチェロ奏者。ヴィラ=ロボスのブラジル風バッハの《第1番》(チェロ・オーケストラ、チェロ8人、または16人)、《第5番》(同じくチェロ・オーケストラ、ソプラノ歌手)はチェロ奏者にとって一度は弾いてみたい作品で、水谷川優子さんも高校生の頃に演奏されたそうです。ヴィラ=ロボスのギター作品はクラシックギターを演奏する人にとって特別な存在。チェロ奏者・ギター奏者にとってヴィラ=ロボスは有名。それ以外にもヴィラ=ロボスにはいい曲が沢山あります(ヴィラ=ロボスを長年愛してきた私は声を大にして言いたい)。水谷川優子さんが「ヴィラ=ロボスにはたくさんの顔がある。同じ人が書いたとは思えないほど違う雰囲気の作品がある」「(この曲は)あんまりだなあと思っても、(別の曲は)好きだなあと思うかもしれない。いろいろ聴いてみてくださいね」とおっしゃっていたのが印象的でした。ヴィラ=ロボスのことをこれからは「怪人二十面相」(いや20ではたりないかもしれない「四十面相」ぐらい?)呼ばせていただくことにしましょう。72年間の人生に、幅広いジャンルに、さまざまな楽器編成で、850曲近く書いたということもあり、20世紀の「怪人?」「変人?」「巨人?」であると言えましょう。

この日の後半はお二人のCD“BLACK SWAN”のタイトルにもなっている《黒鳥の歌(黒い白鳥の歌)》から始まりました。お二人が何度も演奏してきたこの曲は、いい意味でとても自然な演奏に仕上がっていました。CDに収録されている《チェロ・ソナタ第2番》(1916)を今回の演奏会のプログラムに入れるか悩まれたそうです。この曲は“超超超”と、超が3つ付くぐらいの難曲。“ピアノとチェロのための協奏曲”という<副題>をつけてあげたい。ヴィラ=ロボスが29歳の時に書いた意欲的な作品とはいえ、初めて聴く方にとって必ずしも受け入れやすい作品とは言えないかもしれません。もっと聴きやすいチェロとピアノの作品もあるのに、あえてこの作品を選んだお二人には「ヴィラ=ロボスにはこういう側面もあることを伝えたい」という強いこだわりがあったからでしょう。4楽章の最後が近づくにつれ、テンポが少しずつ速まり、テンションがどんどんあがり、ある瞬間、ヴィラ=ロボスの魂が黒田亜樹さんの体に乗り移ったのが私には見えました。「特別な困難さが伴うヴィラ=ロボス作品を弾きこなせた時、言いようのないトランス感を覚える」とプログラムノートにも書いてありました。まさに、そのトランス状態までたどり着き、大きなミッションをやり遂げたお二人はすっかりリラックスした表情で《ブラジル風バッハ第2番》の2楽章「アリア/わが大地の唄」を演奏。続く第4楽章「トッカータ/カイピーラの小さな汽車」では、田舎をガタコトと走る小さな汽車(今回はわりと特急列車?)に会場にいる全員が乗り込み、車掌さんになった黒田亜樹さんが笛をピーっと吹き、汽車は陽気に駆け抜けていき、終着駅に無事に停車しました。ブラジルへの旅もこれにて終了~🚂🚂

アンコールに取り上げられたのは、《Melodia sentimental センチメンタル・メロディ》(1958、ヴィラ=ロボスが亡くなる1年前の作品)。もともとは歌曲。オーケストラ付きのものと、ピアノ伴奏のものがあります。(この曲についてもっと語りたいけれども、今日はこれぐらいで)ヴィラ=ロボスの歌曲には魅力的な作品が多いにもかかわらず、歌詞がポルトガル語であることもあり、歌う側にも聴く側にもハードルが高くなってしまっています。そういう意味でも、チェロとピアノという形で歌曲を紹介していただけるのはとてもありがたいことですね。

今日の演奏会をレコードにたとえると、A面がピアソラ、B面がヴィラ=ロボスなのかな。(ちょっぴり妬けるけど)人気の度合いでいうとまだそういう感じなのでしょうか。A面のピアソラ目当てで聴きにいらして、B面のヴィラ=ロボスを気に入ったという方もいらっしゃるのでは?いやいや、どちらが人気だとか、どちらのほうがいい曲が多いとかいう話は、どちらでもいい話ですね。きっかけはともあれ、このようにお二人が何度も演奏してくださることで、ヴィラ=ロボスの作品が広まっていくことでしょう。再演を楽しみにしています!

市村由布子
YUKO ICHIMURA