村方千之氏からの手紙②
村方千之氏がプログラムノートに執筆した文章を抜粋し、「村方千之からの手紙」というシリーズでご紹介しております。
「ブラジルの夕べ」<映画とヴィラ=ロボスの音楽>
1977[昭和52]年9月22日 日比谷公会堂
主催:読売新聞社、後援:ヴァリグ・ブラジル航空
ヴィラ=ロボス(1887~1959年)
エイトール・ヴィラ・ロボスは、ブラジルの生んだラテン・アメリカを代表する最大の音楽家である。
彼は1887年、リオ・デ・ジャネイロに生れ、1959年、72歳でその生涯をとじたが、作曲家としてばかりでなく指揮者として、また教育家として、祖国ブラジルの音楽文化確立と向上のために精力的な活躍をし、数々の業績を残した。その旺盛な創作活動により生まれた作品の数は、実に1300曲にものぼっている。
ブラジルの伝統ある名家に生まれ、熱心なアマチュア音楽家である父とピアニストの叔母をもつ彼は、子どものころからチェロ、ギター、クラリネットなどに優れた才能を示したと伝えられている。
11歳の時父を失い、ギターひとつを抱えて家を出、町の放浪劇団に入ったが、この間、楽器や作曲に関する様々な知識を得、敬愛するバッハはじめ好きな作品を熟読・研究することで、独学で作曲法を学んだ。その後、25歳でブラジル奥地の科学調査団に同行し、民族音楽研究に着手。また、ダリ、ミヨーの影響で近代フランス印象派に強い関心を抱き、4年間、パリに遊学。自作を発表して認められ、さらに広く欧米をまわってその特異な天才ぶりを発揮した。
帰国後、リオ・デ・ジャネイロ市の音楽視学官として、遅れていた音楽教育の改革にのり出し、また一方、各地にオーケストラを創設し、バッハをはじめ多くの作品の初演を手がけるなど、その精力的な活動は、生涯、休みなく続けられた。
彼は殆んどあらゆる楽器を弾きこなしたと伝えられるが、その創作分野があらゆる面にわたっているのは、彼のそうした巾広い天賦の才能によるものといえるだろう。
ブラジル風バッハ第5番
ノネット
ブラジルに初めてヨーロッパ音楽がもたらされたのは、16世紀のはじめポルトガル人がこの地にやって来てからのことで、現代のブラジル音楽はその5世紀に亘る長い歴史の中で、土着のインディオ、ポルトガル人、奴隷として連れてこられたアフリカ黒人たちの音楽が混じり合ってこの国の風土の中で育ち豊かに発達したものである。
サンバは、まさにアフリカ的なものとヨーロッパ的なものの見事な交配によって生れた最もブラジル的な産物の一つで、芸術音楽の分野でもこの国独自のものが時代時代に立派につくられて来ている。とくに18世紀の後半、ヨーロッパの影響をうけて素晴らしいバロック音楽がここでも開花しており、最近当時の楽譜が多量に発見されて話題を呼んだばかりである。また、歌劇も盛んに発達し、150年前に建てられたオペラハウスが現在も立派に残っている。さらに19世紀に入るとブラジルの作曲家の作品も盛んに上演されるようになり、中にはヨーロッパで上演され大成功を収めた作品も残されている。
しかし、何といってもブラジル独自の音楽言語を確立し、この国の芸術音楽を世界的なものにまで啓蒙、向上させたのは19世紀から20世紀にかけて活躍したエイトール・ヴィラ・ロボス(1887~1959)である。彼はリオ・デ・ジャネイロで生れ、作曲家として祖国の音楽文化確立、向上のために精力的に活躍し、数々の偉業を残しその偉大な72年の生涯をとじたが、その旺盛な創作活動によって残された作品は広い分野に亘って実に1300曲にものぼっている。
彼は子供のときから優れた才能を示し、ピアニストであった叔母の影響をうけて深くバッハを敬愛するようになり、殆んど独学で作曲法を身につけたといわれている。彼の作品の中で最も代表的なものの一つに≪ブラジル風バッハ≫があるが、このシリーズは9曲あって、管絃楽曲、室内楽曲、二重奏曲などとそれぞれに違った形で書かれているが、敬愛するバッハの作風と精神とをブラジル音楽と融合させたいと願った彼の意図がこの創作のきっかけとなったものである。
≪ブラジル風バッハ第5番≫は、その中でも最もユニークな作品であり、彼の51歳の頃の作品である。ソプラノと8本のチェロのために書かれているが、これは単にチェロの音色を生かすために書いたものではなく、様々な楽器で演奏されたと同じイメージと効果を与えることを意図したもので、部分的には小オーケストラ的な演奏効果をもっているのが大きな特徴である。
曲はアリアとダンスと二つの部分から構成されており、アリアでは美しい抒情的な詩が大切にされており、ダンスは土俗舞曲的なものとブラジル奥地の独特な鳥の鳴き声などがインスピレーションとして生かされている。
彼はブラジル各地の旅行によって集めた津々浦々のフォルクローレの要素を用いて多くの作品を書いたが、≪ノネット≫はその典型的な音楽の一つであり、彼の36歳のときの作品で、すでに半世紀以上も前に書かれていながら、今日まで作品の新鮮さを少しも失わないで守り続けているというユニークな曲でパリで初演され大好評を博したと伝えられている。
楽譜に“全ブラジルの印象を簡潔に一まとめにしたもの”と書かれているが、ブラジル的な様々な要素がメロディー、リズム、音響の中に見事に濃縮されていて、古い伝統的な手法によらず1920年代にヨーロッパで流行していた現代的な新しい手法が用いられており、50年前の≪ノネット≫は現在でもわれわれにエモーショナルな衝動と刺激を強く与えてくれるものがある。この曲は彼の最大のパトロンであった、オリビア・ゲェデス・ペンテアード夫人に献呈されている。
1977年1月に受賞記念の特別演奏会で東京フィルハーモニーを、また7月には東京交響楽団を指揮して特別演奏会を行い、好評を博した。
前奏曲第1番、第2番
ギターの低音は美しいものですが、この≪第1番≫はそのギターの低音の特色をよく生かして作られており、又そのメロディーがインディオの素材によることもありヴィラ・ロボスの特徴を充分に現している。又中間部の速いアルペジオとリズムは前後にあらわれるそのインディオのメロディーとよく対比されている。≪第2番≫は≪第1番≫の民族的素材とは異なり、非和声音を沢山ふくんだアルペジオによってヨーロッパ的な感がつよい。しかし、中間部における低音のメロディーとそれにともなうアルペジオはギターの特色をふんだんにつかった、ヴィラ・ロボス独特の書法である。
練習曲第11番
≪前奏曲第1番≫と同様に民族的素材を使いそのメロディーを低音でうたわせている。つづく2弦と3弦の開放弦による持続音にのり特長的なメロディーとアルペジオがきざまれる。つづいて最初のモティーフが現れるが全弦を使って奏されるこの部分はこの曲のクライマックスであり、圧巻である。
ショーロス
民族的素材からヴィラ=ロボス自身がショーロスという形式を創作した。形式はA-B—A-C-Aとなっており、各部分を通じてリズムが共通なのが特徴である。
村方 千之
編集:市村由布子
Editora: YUKO ICHIMURA