村方千之氏からの手紙⑬(1991.2.17)
村方千之氏がプログラムノートに執筆した文章を抜粋し、「村方千之からの手紙」というシリーズでご紹介しております。
ヴィラ=ロボスの作品を聴く 特別コンサート
<歌と室内楽の午後>
1991 [平成3] 年2月17日 自由学園明日館講堂
主催:日本ヴィラ=ロボス協会
【チラシから】
ヴィラ=ロボス(1887-1959)が、その生涯に残した2000曲近くの作品の中でも、歌曲と室内楽には多くの名作が書かれています。今回のプログラムは、その中でも演奏される機会の多い代表的な作品を集めて後世しました。
歌曲の《7つのブラジルの民謡》は彼の作品のなかでも最もよく歌われるものの一つで、豊かな詩情溢れる音楽的内容は歌い手の情感をそそるものがあります。一昨年に来日したマリア・ルシア・ゴドイ女子もこの中から4曲を歌い、ファンを魅了し感想させました。
今回の安達千枝子さんの歌も、きっと素晴らしい共感と感動を与えて下さるものと楽しみです。また、《歌とヴァイオリンのための組曲》は歌とヴァイオリンが掛け合いで演奏するという大変珍しい作品で他に類を見ないもので、10年前に一度日本で私の企画の中で取り上げ初演されましたが、今回も大変楽しみな曲の一つです。
《ショーロスの形式による木管五重奏曲》は彼の書いた唯一の木管五重奏曲で大変な難曲ですが、ヴィラ=ロボスらしい特徴ある音楽的内容に溢れた作品で民族的なものと現代的な感覚とが見事にミックスされた興味溢れる作品です。演奏する芸大のグループはこの難曲を見事に消化し手中のものとしてグループのレパートリーにしています。今回も緊迫した名演奏が期待されます。
《ヴァイオリンとチェロのための2つのショーロス》別名《ショーロス・ビス》は最もショーロスらしい内容をもった簡潔でスマートな二重奏曲で、これもヴィラ=ロボスらしさに溢れたユニークな感覚の作品です。彼の書いた3曲のトリオの中で最もよく演奏されるのがこの《ピアノトリオ第1番》です。これも民族的な感覚と現代的な要素が見事にコントラストされた名曲で、演奏の難しさは申すまでもなくN響メンバーのトリオの名演に期待が寄せられます。
(村方 千之)
【プログラムノートから】
歌曲集≪7つのブラジル民謡≫(1933~41)
ヴィラ=ロボスは幅広い分野にわたって200曲以上もの歌曲作品を残している。今回ここで歌われるものは原題で≪モジーニャとカンソン第1集≫と呼ばれるもので、1933年から41年の8年間に書いた7つの曲を纏めたものである。
モジーニャは1800年代以前の古くから伝えられたブラジルの抒情的な歌謡をさし、カンソンは一般的な歌を指している。
この7つの歌はそれぞれに時代、場所、内容の違った背景をもっていて、歌詞を読むとそれぞれの特徴的な趣がよく分かる。この歌曲集はヴィラ=ロボスの歌曲の中でも最もよく歌われるものの一つである。
≪歌とヴァイオリンのための組曲≫(1923)
歌とヴァイオリンの掛け合いという珍しい形で書かれたこの曲は、まさにヴィラ=ロボスならではの奔放さと才気に溢れている。
重音、グリッサンド、ピッツィカートなどのあらゆる奏法を駆使したヴァイオリンと、素朴だが大胆でいきいきと表情豊かに歌われる歌との対話は、どこか街頭芸人風で野趣な雰囲気を表していて面白い。その意図の斬新さは鮮やかで印象的である。
Ⅰ)≪小娘と唄≫は詩人マリオ・ジ・アンドラーデの詩によっている。(歌詞を参照)
Ⅱ)≪陽気になりたい≫はハミング又はボカリーズで歌われ、歌詞はない。それだけに人声とヴァイオリンとの掛け合いが妙味を得て面白い。
Ⅲ)≪セルタネージャ≫(ブラジルの田舎の唄)この曲も歌詞はなく<ラララ><パウパウ><バラバタラバラタ>といった囃子言葉風な言葉で軽妙に面白く歌われる。
二つのショーロス≪ショーロス・ビス≫(1929)
ヴィラ=ロボスには1920年から1929年にかけて書いた代表作の14曲の≪ショーロス・シリーズ≫がある。前半の6曲は独奏や室内楽の形で書かれ、後半に至って構想が拡大し、残りは大オーケストラの形で書いている。
今回演奏されるこの≪二つのショーロス≫は前記のショーロス・シリーズが殆ど完結しようとしていた1928年に、ヴァイオリンとチェロの二重奏といった小品の発想で作曲されたような経緯から、敢えてこのシリーズに入れることをしないで<ショーロス・ビス>つまり<ショーロス・アンコール>と言う形で発表し、1930年にパリで初演されている。
ショーロとは、19世紀後半にリオ・デ・ジャネイロの下町に起きた庶民の音楽形態で、数人の器楽奏者が即興性や自発性の元にアンサンブルを楽しむと言ったもので、この土地ならではの独特な世界がある。ヴィラ=ロボスは15歳の頃このショーロの楽団に加わり多くの事を学んだと言っているが、そのときに得たショーロの精神を彼自身の創作に活かしたのが、この一連の≪ショーロス≫なのである。
≪ショーロス・ビス≫の第1番はモデーレ(中庸に)、第2番はラン(ゆっくりと)となっていて、それぞれに弦楽器の多様な奏法が駆使され、現代的な感覚に溢れたユニークさが作品の魅力となっている。
≪ピアノ三重奏曲 第1番≫ (1911)
この作品は1911年、つまりヴィラ=ロボスの25歳の時のもので、≪三重奏曲≫はこのほか1918年までに第2番、3番が書かれ、計3曲がある。
内容的には正統的な様式で書かれており、後期ロマン派のフランス的な抒情を感じさせる。ここではまだ、ヴィラ=ロボスらしい野趣で民族的な個性が表面に顔を出していないが、レベルの高いかなり充実した手法で纏めている。
この曲は最初の妻であった美人ピアニストのルシリアがピアノパートを担当して1915年にリオで初演された。新婚時代のロマンチックで幸福感に溢れた雰囲気が、この作品には確かに感じられる。内容的には前記≪ショーロス≫とは18年の大きな違いがあることも誠に興味深い。
(村方 千之)
※≪ショーロスの形式による木管五重奏曲≫(1928)の解説は市村(奥藤)由布子が執筆
編集:市村由布子
Editora: YUKO ICHIMURA