日本におけるヴィラ=ロボス研究の先駆者、村方千之氏の文章を公開

村方千之氏からの手紙⑰(1992.10.18)

村方千之氏からの手紙⑰(1992.10.18)

村方千之氏がプログラムノートに執筆した文章を抜粋し、「村方千之氏からの手紙」というシリーズでご紹介しております。

ルリ・オズワルド ピアノ演奏会
父ルービンシュタインの心を受け継ぐ真のヴィルトゥオーゾ

1992[平成4]年10月18日 自由学園明日館講堂
主催:ピアノ友の会
チケットの問い合わせ:(株)タッタルーガ、アート・シー・エム


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【プログラムノートから】

ルリ・オズワルド女史のこと

ルビンシュタインの血を受け継ぐ

ブラジルの代表的ピアニスト、ルリ・オズワルドは今世紀最後のピアノの巨匠A.ルビンシュタインを父に、ベルギーの貴族出の候女を母としてリオ・デ・ジャネイロに生れ、ルビンシュタインの親友で高名な音楽家であったエンリケ・オズワルドに預けられ、その娘の養女として育てられた。3才からピアノを始め、4才でパリ音楽院のイザドール・フィリップに才能を見出され、9才でルビンシュタインの勧めでスペインの巨匠トマス・テランに師事、本格的な勉強を始め、その師弟関係はテランが亡くなるまで続いた。また、ハンガリーのジョゼフ・ガット、ワルシャワのマルゲリータ・カズーロ、ジュリアードのロジーナ・レヴァインなど世界的な最高のレベルの指導者にも師事、資質を高め研鑽を積んだ。ルビンシュタインもまた直接に、間接に彼女の成長に様々な影響を与えた。

やがてブラジルをはじめ南米、北米、ヨーロッパ各地でリサイタル、コンチェルトなどの演奏活動を精力的に続け、演奏理論家、教育家としても活躍した。

一時引退していたが7人の子供達も独立、数年前から再び演奏活動に復帰、年配ながら矍鑠(かくしゃく)としてステージに立ち、各地、各方面で変わらぬ素晴らしい演奏活動を行なっている。最近はネルソン・フレイレとも共演、ルビンシュタイン譲りヴィルトゥオーゾな演奏が改めて注目を浴びている。

フランスのル・モンド紙は……「オズワルドの技巧は、ルビンシュタインの技巧に似ていると言われることが非常に多いが、彼女の演奏はエレガンスやデリカシーを持ちながらも、男性並みのパワーと輝きを感じさせる印象的なものである。」と。彼女の演奏スタイルを適切に表現している。

昨年11月に日本ヴィラ=ロボス協会主催「秋のブラジル現代音楽祭」に出演し、初めて彼女の演奏が日本の聴衆に披露され大きな感銘を与えた。

祈りと郷愁と安らぎの音楽

オズワルドの音楽は、今や既に上手とか下手とかの現実的な次元を越えた悠久な世界、音楽の最も本質的なものを語ろうとする高さにあり、そこには「祈り」と「郷愁」、そして心からの「安らぎ」がある。その演奏は自然に心の中に溶け込み、時の流れの邪魔をしない。一度この様な音楽に触れると、音楽が何のために書かれ、どの様に演奏し、どの様に聴くものかが自ずと感じさせられる。これこそ音楽に関わる本当の幸福ではないだろうか。

日本ヴィラ=ロボス協会会長
指揮者 村方千之


プログラムによせて

●音楽史上最大の作曲家として知らぬ人はないバッハの作品から、フィリップとブゾーニが編曲した小品を3曲集めて演奏されます。第1曲目は≪カンタータ156番≫の頭の≪シンフォニア≫から、第2曲は同じカンタータの≪147番≫の最後の“主よ人の望みの喜びよ”と言う歌詞で有名な曲から、第3曲は≪オルガンのためのトッカータとアダージオ≫から≪アダージオ≫がそれぞれ編曲されたものです。

ブラームスはおよそ100曲に余るピアノ曲を残しています。古典的な形式を尊重しながらも、重厚で、憂愁感を漂わせたロマン的色彩の濃いのが彼の作品の全体的な特徴ですが、46才の時に書かれたこの≪2つのラプソディ作品79≫は彼独自の性格を示したピアノ様式を完成した作品としても最もブラームス的で、北国風な暗さのなかに深い情熱をこめた作品で、良く演奏され、また良く知られています。今回はその第1曲の≪ロ短調≫が演奏されます。また、32才のときにウィーンで作曲した≪作品39≫の16曲のワルツは余りにも有名で広く愛されていますが、今回はその中から良く知られた3曲がつなげて演奏されます。

●ピアノの詩人と言われたショパンの作品のなかでも、彼の祖国ポーランドの民族舞曲のリズムで書かれたマズルカは最も郷土色が濃い音楽として良く知られています。今回はその中でも最も大曲と言われ、バッハへの尊敬と造詣の深さが示されている≪作品50-3≫が演奏されます。また、夜の静寂と夢見るような優雅な歌を奏でる夜想曲もまた、ショパンの最も特徴な情緒の世界で、21曲の夜想曲はいずれも広く親しまれています。今回弾かれる≪作品48-1≫は彼の円熟期の作品で、高貴な情緒に溢れ壮大な流れが感じられます。

プロコフィエフは強靭な創作力で激動の20世紀を生き抜いた20世紀の代表的な作曲家の一人で、ロシア・モダニズムの旗手として活躍、ロシア革命後はアメリカとパリに本拠をおいて活躍しましたが再び祖国に戻り社会主義リアリズムの路線に沿った明快な作品を書きました。この≪前奏曲≫はそうした彼の特徴が良く表されたダイナミックなリズムと明快なメロディが洒落た味わいを感じさせる小品です。

●演奏者の養祖父にあたるブラジルの作曲家 H.オズワルドの名曲で、フランスのフィガロ紙のコンクールで第1位をとった洒落た小品です。≪イル・ネイジ≫、つまり“雪が降る”様子を実に美しく表しています。

ヴィラ=ロボスはブラジルを代表する世界的な作曲家で、ブラジルの大地に根差した民族的な情感と彼が敬愛したバッハからの影響がみごとに一体となった音楽が特徴的ですが、今回は≪ブラジル風バッハ第4番≫から祈りと郷愁のメロディに溢れる“プレリュード”≪赤ちゃんの家族≫よりいきいきとした動きの速い曲“道化師”が弾かれます。

ミニョーネもまたブラジルの作曲家で、ヨーロッパ風なロマンチックな作品が多く、今回弾かれる≪蝶々の喧嘩≫は見事な描写性を発揮した優れた作品で大変楽しい小品です。

●スペインの国民音楽の主要な作曲家の一人で、優れたピアニストでもあったアルベニスにはとくにピアノの作品にスペイン的な名曲が多く、今回弾かれる≪トリアーナ≫と≪コルドバ≫はそのなかでも代表的な作品で、躍動的なスペインの民族音楽とフランスの印象主義の情緒が見事に融合した情感溢れる曲です。

編集:市村由布子
Editora: YUKO ICHIMURA